>小学生程度の勉強をするだけで、現実を捉えられるようになり、それは成果となって表れるのです。 (34529田中さん)
>不要な観念を捨て、もう一度小学生レベルに戻って必要な認識を吸収することが問われているのでしょう。(34562辻さん)
私も田中さんや辻さんの意見に同感です。
昔から農業をやっている人達は、よく、こう言います。
“百姓は毎年1年生だ。”
これは、農業では、今までこうだったから今年もこうなる、なんていう事は絶対に無い、毎年毎年、新たな状況が発生するので、それを観察しキャッチして、対応していかないと、良い作物はできない、又、この事を繰り返す事で、始めて本物の百姓になれる、というような意味です。
農業で言う、状況把握とは、五感を使って、作物を観察し、土や水、気象の変化を感じる事で、いわば、潜在思念をフルに使う事です。しかし、現代人は五感や潜在思念を使う前にそれまでに得た知識を使って、何とか対処しようとします。それもかなり偏った観念内容に頼る為、結局、袋小路に追い込まれてしまうのではないでしょうか?自然や生き物のような自分の思い通りにならない事象をを対象化するという事を忘れ去り、人工的な物や考え方だけを頼りに、自分の思い通りにする事ばかり考えてきた結果なのでしょう。
本当は、観念を使う前に、潜在思念に忠実に状況を把握するというのが、正常な人間の頭の使い方なのだろうと思います。
今、社会状況は刻々と変化し、るいネットの認識も日々進化しています。この状況を潜在思念でしっかりキャッチし、不要な観念は捨て去り、必要な認識をしっかり吸収していく事が最も必要な事だと思います。
「毎日が1年生」といった心境こそが「やわらかい頭」を作り出すのでしょうね。
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