次代の活力源は?
343944 精神が腐った人と若く活力に満ちた人の違い
 
匿名希望 19/03/09 PM00 【印刷用へ
>チャレンジを続けているかぎり、新たな分野に挑み続けているかぎり、精神は老いない。
常に未知に向かって追求している人ほど、若々しく、活力に満ちている。
それは、年齢を重ねていようが、そうでまいが変わらない。

―――――以下、リンクより引用――――――

 今も若い頃とさほど変わらない体形をキープしている。「毎晩飲み歩いている李さんが、なぜいい体のままなの?」とよく羨ましがられるほどだ。

私自身にも理由は分からなかったのだが、今回アンチエイジングの秘密が見つかったので、それをお伝えしよう。

4月、故郷の湖南省長沙市に帰省した。目的は同窓会への出席だ。私は中学1年生のとき、長沙市中学生歌舞団というダンスサークルに所属していた。サークルと言っても趣味の類ではない。市内の中学校から選抜されたエリート学生ダンサーを集めた団体で、各種公式行事に呼び出されては踊りを披露するのが仕事である。いわばセミプロのようなものだ。

同窓会は楽しみであると同時に、憂鬱でもある。古い友人と出会えるのは本当に素晴らしいことだ。青春を共にした仲間たちは代えがたい、宝物のような存在なのだから。だが一方で、記憶の中で美しい存在だった友人たちが老いさらばえている姿を見るのが辛い。

もちろん人間、年を取れば姿が変わるのは当然のことだ。還暦を目の前にしても、昔と変わらぬダンサー体形を保っている私のような人間のほうが珍しいだろう。

だが、若い頃の鍛錬なのだろうか。今回の同窓会では体形をキープしている人が多かった。

参加者の1人に私の初恋の人がいた。彼女も私のことを好きだったようだが、当時の私はアプローチをかけられないで終わってしまう。歌舞伎町式恋愛にすっかり染まってしまった今の私からは想像もつかないだろうが、純真で奥手な時代もあったのだ。その彼女も年齢には見合わぬ美しい体を保持していた。

なるべく醜くならずに老いていきたいと願っているが、外見はある程度仕方がない部分もある。
問題は精神だ。頭の回転が速く、野心に満ちあふれていたかつての友人たちが、保守的で怠惰で頑固な老人になっていると胸が痛む。

■ 「転がる石には苔が生えぬ」

実はこれまでに2度、長沙市での同窓会に出席した。小学校と中学校の同窓会だが、かつての同級生たちの老いを見るのは辛かった。「李さんは若いね、はつらつとしている」とほめられたが、私に言わせれば彼らの精神が腐ってしまったのだ。

彼らだけの責任ではない。中国では、私の同世代の人間はほとんどが国有企業や政府機関で働いてきた。安定した仕事だが、刺激はなく、日々同じことの繰り返しだ。年を取ればたいした仕事もなく、出勤しては新聞を隅から隅まで読んで時間つぶしをするだけ。

中国の定年は男性が55歳、女性が50歳と早かった(今はもう少し引き上げられたはずだ)。定年後は孫の世話をして、公園で太極拳をするぐらいしかやることがない。こんな生活を送っていれば、精神が腐るのも当然だ。

今回の歌舞団の同窓会でも、同じような失望を味わうのではないか――。そう心配していたのだが、蓋を開けてみると、以前の同窓会とは全く違う光景があった。みな、目が死んでいないのだ。年は取っても活力に満ちており、野心も失っていない。私と同じだ!

先ほど述べたとおり、歌舞団はたんなる趣味ではなく、セミプロのような存在だ。そこを足がかりにさらなる出世を目指すこともできる。踊りを楽しみたいというよりも、踊りの才能を生かして将来をつかもうとした人々なのだ。もちろんプロのダンサーになる道は厳しいが、成功を目指して努力ができる人は、ダンスの道で失敗しても別のチャレンジをする力がある。

時代の追い風もあった。私たちが歌舞団に所属していたのは文化大革命の末期だ。その後に訪れた改革開放は、機転が利く人間ならば大成功を収められる戦国乱世の時代。チャレンジ精神を持つ歌舞団の人間は、みな湖南省を飛び出し、深圳や海外に活躍の場を求めた。

日本に私、アメリカに2人、カナダに1人。北京で研究者になった者もいれば、湖南省のダンス界で出世した者もいた。他にも、国有企業のトップが1人、民間企業のトップが1人。彼らの多くが成功を収め、今も最前線で戦い続けている。

「転がる石には苔が生えぬ」というがまさにその通りだ。チャレンジを続けているかぎり、新たな分野に挑み続けているかぎり、精神は老いない。

(中略)

故郷にとどまり続けた友人たち、そして故郷を離れてチャレンジした友人たち。2種類の同窓会に出席して、自分の生き方が間違っていなかったことを改めて確信した。

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