国家の支配構造と私権原理
334241 八咫烏と山窩と秦氏、三つ巴の闘い
 
山澤貴志 ( 52 ITコンサル ) 18/03/21 AM00 【印刷用へ
以下のブログでは、八咫烏と山窩の統合が進みつつあると書いていますが、今現在も、山窩≒出雲系(反皇室。といっても皇室を玉として扱う派閥)と、八咫烏(皇室の復権を願う系譜)の確執は続いているように思うし、その間にあって、海外の勢力にいいようにやられているとしか思えない。

ネット世論を見ていると、南朝系でも、長州に裏切られたために、田布施システムに批判的な人たち(鬼塚氏)と南朝系正統論を今も保持しようとしている人たち(落合氏)に分裂し、ますます混迷しているようにみえる。

かつては、経済・外交の裏天皇として堀川辰吉郎がいたり、予言の面では、三上照夫といった知恵袋もいたようだが、そういった知恵者も潰えてしまい、今では、力をなくしている、というのが実態ではなかろうか。

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(明治維新が)完全に外国勢による強制的な開国、日本乗っ取りの革命であったかといえば、実はそんなこともないようで、この“明治維新”の裏には、日本の中の秘密結社のような組織が大きく関与していたのも事実のようです。

 現在の日本は、1000年以上も前に日本を統一した“大和朝廷”の流れを汲んでいますが、この大和朝廷による統治を受け入れず、その支配を逃れて山野に隠れた「海人(出雲)の国」の人々が中心である“サンガ”は、現在までも大和朝廷(現在の日本)に敵対し、隙があれば常に国家転覆を画策していました。

そして、大和朝廷に敵対する者たちから天皇家を守る裏の存在として組織されたのが“闇の八咫烏”と呼ばれる人々の存在であり、両者は歴史の主要な舞台で1000年を超える争いを続けています。

また、大和朝廷に敢えて逆らう事をせずに、人知れず大和朝廷に融け込み、気配を絶っていったのが、いわゆるユダヤの外来系の“フリーメーソン”の人々であり、彼らの源流は近代ではなく、1000年以上も前の“倭国”の“秦氏”で、明治維新の裏舞台には、この3つの組織による権力闘争があったようです。

「大政奉還」を受けた明治天皇は“政治に精通していない”ことを理由に一橋慶喜に内閣総理大臣に就任するよう依頼しました。そして、それに反対した岩倉具視や「薩摩・長州連合」らは,当初“賊軍”として扱われたのですが、途中から岩倉具視が“復権”したことを境に「薩摩・長州連合」が“官軍”へと変わっています。

なぜ明治天皇から“排除”された岩倉具視が“復権”することができ、なぜ「薩摩・長州連合」が“賊軍”から“官軍”になれたのでしょうか?

その背景には、闇の八咫烏、サンガ、秦氏が関わっています。天皇家はもちろん、徳川家である幕府も闇の八咫烏が関係していましたが、実はサンガと関係していたのが長州でした。また、闇の八咫烏は当初は、薩摩とも関係していた形跡があり、そのため幕府の命を受けてサンガと関係していた長州の討伐にも参加しています。

しかし、途中から坂本竜馬の働きで薩摩が長州と手を握ったために、闇の八咫烏は働き掛ける(関係する)相手を土佐に変えて行ったようです。この“裏”には「公家」、その中でも特に岩倉具視と深く関係していたといわれる秦氏の“暗躍”があったとされています。

そして、明治天皇を“亡き者”にしようと画策したサンガと、何としても明治天皇を守ろうとする闇の八咫烏との間で激しい戦いがあり、この“闇の戦い”によって本来の天皇陛下(1人目の「明治天皇」)は“亡き者”となってしまい、そして、闇の八咫烏や岩倉具視らによって意図的に作られた天皇陛下(2人目の「明治天皇」)に引き継がれたと言われています。

つまり、明治維新とは、大和朝廷の転覆を長年画策していたサンガによるクーデターが、初めて実現した歴史的な出来事であったのです。これにより、正当な天皇家の血筋は絶たれたとして、一定の目的を果たしたサンガが“表の世界”に出てくるようになりました。

 特に明治維新によって“政治体制”が大きく変り、中でも「邪魔者は消す」といった過激な思想を持つ長州中心の政治が始まったことで、それが第二次世界大戦前までにおける“陸軍の暴走”を呼び、最終的には第二次世界大戦にまで至りました。

しかしサンガが政権を握った時代は、明治から大正時代の中期までであり、そこから昭和に至るまでに、少しずつサンガの表世界での衰退が始まり、昭和天皇の時代には、再び闇の八咫烏へと主導権は移っていました。

そこで、サンガを完全に解体するために仕組まれたのが、第二次世界大戦でした。これもまた、その“裏”ではアジア圏を掌握したいとするフリーメイソンの暗躍と、フリーメイソンに繋がる秦氏が、日米双方の国内において第二次世界大戦に参戦するように動きかけていたと言われており、ここでも「皇室の存続」や“利権”をめぐってサンガと闇の八咫烏、そして秦氏(主として「フリーメイソン」)の「三つ巴の争い」が再びあったと言われています。

そして、第二次世界大戦の敗戦によって明治維新後から続いた長州政治も完全に終止符が打たれように見えたのですが、実はそう簡単に済む事ではなかったようです。

 確かに“軍隊”(「長州」中心の“陸軍”と「薩摩」中心の“海軍”)は“占領軍”である「GHQ」によって解体されましたが、行政の中枢である“官僚機構”まで解体したのでは「統治国家」として成り立って行かず、それでは「GHQ」も「占領政策」を遂行する上で非常に困ってしまう事と、秦氏と関係のあるフリーメイソンの利害を反映してか、「官僚組織」だけは解体せずに残されました。

そのために明治維新以降の日本の政治は、「官僚政治」(「長州政治」)と呼ばれる体制が現在まで面々と続き、既に100年を超えています。

そして、明治天皇の“死”をもって事実上の「三つ巴の争い」は一定の決着がついたことになり、現代では表だった争いは少なくなったものの、それでもサンガと闇の八咫烏、秦氏の争いに終わりは無く、近代においては争いの舞台を“政界”から“経済界”に変えて今でも継続されていると言います。
 
 
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