日本人と縄文体質
331763 日本の市場・金融の歴史を探る〜職人・商人と金貸し、2つのルートがあった
 
田野健 HP ( 57 設計業 ) 17/12/10 AM01 【印刷用へ
西洋は金貸しが近代市場を作り、略奪という最も効率よい商売で金を生み出し、殖産産業という最も成長性の高い手法で略奪した植民地で一から経済を作り上げる。いわば金貸しと産業が一体のものとして繋がっていた。
一方で日本は平安時代の職人に始まり、江戸の商人自治組織に到るまで町人という自治集団を形成するに到るが、金貸しは専ら寺社の方が担っており、その両者は一見、全く違う歴史を歩んでいた。

日本の市場史を見ていく上で神社ー寺社と職人ー町人。この2つの切り口で見ていくと大きな流れが見えてくるのではないか?
今回も過去のるいネット投稿から紹介したい。
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「商人は幕府から存在を軽視されたが、自主自立思考で社会秩序を形成し、既に欧州に勝る商システム、流通網を整備した」263314
京都の商人と手工業者は町ごとに町内会のような自治組織を設置し、約四千人の世話役(行政官)を選出した。彼らは、京都ほどの大きさの都市には必ず生じる様々な任務を遂行した。大きな神社仏閣も、この自治組織に参与する権利を持っていた。町は、消防隊を運営し、警察も維持した。様々な重要な係があった。例えば戸籍簿を作成する戸籍係とか、公正証書や遺言の執行に関する問題を処理する登記係、道路や橋の建設、修理などを担当する土木係などである。
町内会は、種々の同業者組合と合意の上、営業税を取り決めた。これが町の最も重要な収入源で、この税収によって全ての公共的な事業が負担された。

「朱子学、大衆には「こころを磨く」と説き、「道徳」「商人の道」、天道より「人道を尊重」と説く」261957
当時,士農工商という身分制度のもとで,物を生産せずに売買によって利益を上げる商人たちは,さげすまれてたんだけど,梅岩は,商人の利益は「天理」であり,武士の俸禄と同じだと主張し,身分制はあっても,その働きはみな天下安定のための役割を果たすもの,天理に沿ったものだというんだ。そして町人の社会的役割や意義の強調だけでなく, 商人道徳として,正直・倹約・勤勉・ありべかかり(あるべきよう)を説きます。
 この正直とは,自己の義務を履行し,事態の本位に従うということで,倹約とは,財宝をほどよく道にかなって用い,生活のために三つ要る物を二つですむようにし,それを世に施すという社会性であるといいます。この2つこそ,正直の心や斉家治国平天下の基となるものというんだね。

「日本の商人の起源は、職人だった」150354
西洋の商人が、略奪したものや、遠隔地からただ同然で仕入れたものを販売しているのに対して、日本の商人は職人が自ら製作したものを販売するところから始まったようです。
また、西洋の商人は中世の序列秩序から脱するべく、私権獲得のニッチを狙って商業に目をつけたのに対して、日本ではそれまで面倒を見てくれていた朝廷が没落してしまったので、生きる道の模索として商売を始めたというのが始まりのようです。
日本の商売人は「良いものを提供する」といった応望精神が強いのは、このような歴史背景が影響しているようです。


「沖縄の商人集団は略奪ではなく共生であった」291353
国家形成の背景に商業集団の存在があったというのは面白いが、その後の琉球王国の進み方や中継貿易の東南アジア、日本、中国を結びつける拠点になっていった沖縄のネットワークの形成はこのバラバラに離れた諸島を結びつけたグスク時代のネットワークの形成にあったのではないかと思う。彼ら商業集団とは九州から移住した隼人(縄文人の末裔)ではないか、そう考える事もできると思う。後の琉球王国の商人が決して略奪ではなく御取り合いという方法で離れた地域、国家を結びつける方法に特化していった事も縄文人の本源性と符合する。沖縄の商業集団とは商人としてのもう一つの特徴、共生適応に徹底していた。

「寺社は「金貸し」であり、その頂点が天皇家?(その2)」322938
往時の寺社勢力は、国家の政治経済(社会)の中枢に位置していた。財閥勢力であり、治外法権を把持する特権階級だった。なぜなら、寺社は莫大な財とそれを維持するための武力を持っていたからである。
 いまでもバチカン市国は、その財政が闇のなかで、マフィアともつながり、巨大な金融組織となっている。同じようなものだったろう。
 室町時代から戦国時代にかけて、日本の資産の大半は寺社が所有していた。当時は八大財閥があって、自治都市の堺と大山崎、それに細川高国、大内義興、あとは寺社が4つ。しかもその4つのうち3つが比叡山関連だった。

前回の投稿と重ね合わせて読んでいけば、日本の市場がなぜ共認をベースにしているのかが見えてくるのではないか?後は商人をコントロールしてきた秦氏の存在を押さえればよいと思う。
 
 
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自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
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