日本を守るのに、右も左もない
323984 明治以降の義務教育で日本人が失ったもの 1
 
本田真吾 HP ( 壮年 建築家 ) 17/02/03 PM07 【印刷用へ
明治以降の義務教育で日本人が失ったものは、各地域の村落共同体が持つ固有の潜在思念と繋がった共認や、その延長にある『日本』の共認。それは、国民皆兵制度のための、今までの共認と正反対に位置する画一化した、教育内容。これにより著しく、本源規範と同化能力が失われた。

具体的には、
@ 書いた人のこころまで読み取れる筆字から、誰にでもわかる記号的な活字への転換。
A 村落共同体が持つ固有の潜在思念と繋がった共認の基盤となる方言から標準語へ。
B 武道のすり足から、イチ、ニ、イチ、ニという単純行進と、それを実現するための音楽教育。
C 欧米列強諸国軍隊の統合のためのキリスト教に対抗するための、廃仏毀釈と一神教の経典としての教育勅語。
など、
これらを通じて日本人の縄文以来の精神性が失われてきた。
現在、歴史をさかのぼり、これを見直す時期に来ている。

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暖炉のススと日本的日常(リンク
山本五十六氏の手紙

明治以降の日本では、義務教育があたりまえになっています。
それはとても良いことです。
けれど、その大本をたどってみると、必ずしも良いことばかりではない・・・というのが今日のお話です。

義務教育などの「学制」は、明治5年に敷かれました。
これによって、全国一律の、いわゆる国民教育が行われるようになりました。
ではそれまではどうだったのかというと、基礎教育は民間の寺子屋が行っていました。

寺子屋は義務教育ではありませんから、当然、教育を受ける子と受けない子ができてしまいます。
けれど、江戸時代の識字率は、98%あったという説もあり、これは、実は、もしかすると現代日本よりもはるかに優れた教育がなされていたことを示します。

なぜなら、当時の文は筆字です。
しかも草書体や続け文字が多用されていました。
現代日本人で、果たして、そうした文字を読める人がどれだけいるでしょうか。

トップに張った写真は、山本五十六の手紙です。
(中略)
改行位置などは、上の写真のままですが、それでも上の文字を直接読める人は少ないと思います。
私も、はっきりいって読めません。
(中略)
要するに言い換えれば、当時の水準をもってするならば、現代日本人の識字率は、おそらく1%にも満たないのです。
もちろん、活字があるから良いではないかという考え方もあろうかと思います。
けれど、活字によって私たちは、手書き文字を読み解く際の、いわゆる「行間を読む」ことや、あるいは書体や字の様子から、そこに文字としては書かれていない、相手の気持ちや思いを察するという能力が、著しく減退してしまっていることもまた事実なのではないかと思います。

山本五十六は、昭和の人です。
幕末や明治の人ではありません。
亡くなったのが昭和18年ですから、ほんの74年前には生きていた人であり、それが手紙であるということは、この手紙を受取る人は、上の写真の文字をちゃんと読むことができたということです。
(中略)
明治時代に敷かれたこの学制ですけれど、実は、明治6年の徴兵令とセットになっています。
なぜそのようなことが行われたのかといいますと、当時は欧米列強に対抗するために、富国強兵を推進せざるを得なかったのです。
そのために、国民皆兵、徴兵令を敷かざるを得なかったのですが、ところがいざ実際に全国から徴兵をしようとすると、言葉が通じないのです。

当時の明治政府のお偉方は、皆、薩長の出の人です。
それぞれ、薩摩弁、長州弁です。
徴用兵は、全国です。
言葉が違うのです。
そのため、たとえば長州の元武士が、「前へ進め!」と号令をかけても、号令を受ける側には、まるで通じない。
方言というのは、それほどまでにきついものだったのです。
(中略)
しかし、方言で言葉が通じないからと、欧米列強に植民地化されるわけにはいきません。
そこで明治政府が行ったことが、学制を敷きました。
全国共通の言葉を定着させようとしたのです。
 
 
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