共同体社会の実現
323924 僕といさどんと木の花ファミリー
 
中野善文 HP ( 41 農業 ) 17/02/01 AM08 【印刷用へ
農的共同体である木の花ファミリーはメンバー一人ひとりが自分を離れ、流れに沿って生きることで成り立っています。そのために必要なことが自分と向き合うこと、心を磨いていくことです。それ一例として以下のブログ記事を転載します。

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木の花ファミリーはいさどんの天啓に導かれて出来たコミュニティであり、
いさどんはとても大きな精神的支柱です。
みんながいさどんを頼り、いさどんから沢山のことを学んで来ました。
そんないさどんに対して、僕は反発をしたことがあります。
それは、2010年12月、僕が木の花ファミリーに来て2年目の冬のことです。

木の花ファミリーのメイン施設である「おひさまハウスひまわり」には大きなホールがあります。
僕たちはそこで食事をしたり、お客様を迎えるコンサートをしたり、
子どもミーティングや大人ミーティングをしたり・・・と様々なことに活用しています。
そのホールにはプロジェクターとスクリーンがあります。
プロジェクターは高い位置に据え置きにしてあって、
リモコン操作をするようになっていました。
当時、僕はリモコンでプロジェクターのスイッチを入れるのが苦手でした。
電源ボタンを何度押してもスイッチが付かない。そんな経験をしていました。

その日の夕食はパンでした。
パンの時は、オーブントースターを4台ぐらい使うため、
テレビ&プロジェクターを付けるとブレーカーが落ちるということが度々ありました。
配線(電源を取る場所)の工夫が必要なのです。
その日はブレーカーが落ちてしまうような配線でした。
僕はブレーカーが落ちる度に「いやだな〜」と思いながら、
ブレーカーを戻し、プロジェクターの電源を入れ直していました。
そして何か重要なニュースが放送されている時、ブレーカーが落ちてしまいました。
急いで対応する必要がある時、僕は苦手心があったため動きが遅くなりました。
そして、何度スイッチを押してもプロジェクターが付かないという現象が生じました。
そんな僕に対して、いさどんは怒りました。
僕は怒っているいさどんに対し、懸命に説明をしましたが、
いさどんは僕の言葉は聞きませんでした。
僕は怒られたことを理不尽に感じました。

僕はテレビを観ていなかった。テレビを観ていたのはいさどん。
プロジェクターをつけようとしたのはあくまで良心。
いやだな〜と想いながらも他に動く人がいなかったから動いた。
それなのに怒られる。なんなんだよ。

心の中ではそんなふうに思っていました。でもそのままにしました。

いさどんに怒られたのにそのままにしている僕。

そんな僕に対して疑問を感じるメンバーが僕に話しかけてきます。
「いさどんが怒るからには何か意味がある」と伝えてきます。
僕はさらに理不尽に感じていきます。

ですが、いさどんはプロジェクターのスイッチをつけるコツを知っていたのです。
いさどんは始めそれを僕に説明しようとしました。
ですが、僕の頭は「出来ない」という苦手意識でいっぱいで、
その言葉が入る状態ではありませんでした。
そんな僕の意識状態に対していさどんは怒ったのです。

もし僕が自分の正当性を主張したら、
(世間の)多くの人は僕の言葉に耳を傾けたのではないかと思います。
なぜなら表面で起きている出来事だけを見ていたら、僕は被害者にも見えるので。
そして、僕はみんなに正しいと認めて貰います。
でも、その先に何があるのでしょうか?
優越感に伴う自己主張の心が育ち、
それは新たなる対立を生み出すのではないでしょうか?

虐げられた状態から逆転し見返す。

僕の無意識はこんな物語を好んでいました。
そのため僕は虐げられる状況を自ら創り上げてきました。
自分で自分を苦しめることになります。
僕の正当性が認められた時、僕は喜びます。
ですが、それはその不調和な心を強化していくのです。

これは僕だけの問題ではありません。
この僕の不調和な心が世界で起きているテロリズムに波動として繋がっていきます。
そして、悲しみの連鎖が続いていくのです。

いさどんはそんな僕の心にメスをいれてくれたのです。

表面的に見たら僕の方が正しいように見える。
そんな状況だったかと思います。
そして、僕は反発をしていました。
それでもそんな僕に対して大事を伝えてくれたのです。
その心労はとても大きかったかと思います。
それに気づいた時、受けた恩の大きさを感じました。

いさどんは人に対してとても厳しく対応することがあります。
それは具体的な出来事に対してではなく、
奥の心の対して厳しくしているのです。
そのためいさどんは時に誤解され、非難されます。
その非難は一見筋が通っているように見えることもあります。
なぜなら出来事だけを見ると、その人たちに正当性があることもあるので。

ですが、非難する人々はいさどんを非難することを通して何を得るのでしょうか?
自分の意見が認められたことに対する満足や優越感を得るのかもしれません。
でもそれはその人々や世界を幸せにするのでしょうか?
きっとそんなことはないでしょう。
幸せや調和よりも自分のこだわりを選び苦しんでいく。
そんな姿が目に浮かびます。
そしてそこに人が持つ理不尽さを感じます。
人間の持つこういう一つ一つの理不尽さが世界の戦争や環境破壊に繋がっている。
僕はそう思っています。
なので、心磨きが大切になり、木の花ファミリーでその実践をしているのです。
 
 
 
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