日本を守るのに、右も左もない
311282 明治維新、西郷隆盛及び征韓論について 〜金貸しと明治政府(長州)が作った歴史〜
 
井上宏 ( 40代 建築コンサル ) 16/01/12 AM01 【印刷用へ
明治維新は、諜報力を持つ長州藩が外国勢力(英国・ロスチャ)の支持を得て進めた。しかしその諜報力は外国勢力には遠く及ばず、常に指示通り。

長州勢力が牛耳る明治政府は、日本・中国・朝鮮の分断を計る金貸しの方針通りに動いていく。(その末裔が現在の安倍政権)

薩摩の西郷は東アジア団結に動こうとして消された。

明治維新、西郷隆盛及び征韓論についての記事
リンク より
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長州藩が幕末からいまに至るまで強固な支配体制を維持している理由は、日本の政治では非常に異質な「忍者・諜報」機関が背後にいたということだと考えられるのです。そんな国家は日本には他に存在しませんでした。

それは英国というかヴェネチアの国家に非常によく似ているのです。国家の中心が諜報機関なのです。そういうふうなシステムが毛利藩に継承されていきます。というのは長州をつくった毛利元就(1497〜1571)は最初は小さな勢力でした。ところが、いまの中国地方10カ国を支配するような大大名に伸し上がったのです。それはもっぱら諜報と謀略活動で大きくなったのです。

・・・そういうシステムこそ英国の国家、諜報機関、フリーメーソンと非常に相性がよかったと思われるのです(笑)。
そして公然と孝明天皇を弑逆して息子の睦仁天皇も殺す、それを平然と行なうわけです。しかも、すり替えして隠蔽しきるという、日本のなかでは異質な手段を用います。

(中略)
しかも、長州の諜報機関、忍者集団出身の権力中枢の連中は、薩摩を蹴落とすために分裂させるわけです。大久保利通(1830〜78)と西郷隆盛(1827〜77)を分裂させて、西郷派を一掃すると、薩摩の勢力は半分くらいいなくなってしまいました。さらにその次は、大久保利通を消してしまうのです。

(中略)
西郷軍のなかには西洋のことをよく知っている人が何人もいたのです。だから、長州藩の背後にいたイルミナティやフリーメーソン、英国の諜報機関や外交機関などの勢力は、西郷を潰さなければいけないという狙いをつけていたのです。それで西南戦争に動員された西洋の軍隊の規模は莫大なものでした。

莫大な西洋式軍隊をつくった資金はサッスーン財閥を通じて、東京の政権に対してあらゆる援助を与えたのです。だから西郷軍が戦ったのは東京の政権というより、背後にいる英国と西洋の軍隊だったのです。鹿児島ではこのような事情が、意識的か無意識的かは別として何らかの形で浸透しているのではないでしょうか。いまでも西郷さんは代表的薩摩人、鹿児島人であり、大久保利通のほうはまったく振り向きもされず、問題外なのです。

しかし、長州と大久保一派がつくった歴史ではまったく逆になっています。「征韓論」論争がそれです。明治6年(1873)に西郷が韓国を征服するという「征韓論」が出てきて、まず国内を固めることが先だという大久保一派と論争して、西郷のほうが敗れたという具合に、今でも教科書に書かれています。日本人はそういうふうに教えられていますが事実はそうではありません。

大久保と木戸と岩倉などが欧米を回覧してきた「岩倉使節団」が同年(1873)9月に帰国した後、西郷の征韓論を批判しました。なぜ大久保と木戸の一派が強硬に西郷を韓国に派遣することを阻止したかというと、単に彼らの考えではなく、背後に英国・フリーメーソンの支配と指示があったからなのです。

つまり、フリーメーソン・イルミナティの東アジアに対する基本的政策は、数百年来、中国と日本と韓国の三つの国を、絶対団結させてはならないという基本方針があったからなのです。これはいまに至るまで変更されていません。西洋に対して、この3カ国をそれぞれ分裂させてお互いに争わせ、殺し合いさせ、憎しみを掻き立てる、そういうふうに分断するというのが基本方針です。

この方針を知っていた西郷隆盛は、「自分は韓国に行ってよく話し合って、一緒に西洋と戦おう」と言いに行こうとしたのです。それができたら次は北京に行って、清国の政府とも話し合いたいと公言しています。
そんなことは絶対許さないはずです。フリーメーソン・イルミナティからすれば、西郷隆盛はその当時におけるアジアのもっとも危険な人物だったのです。「あらゆる力を行使して、西郷を潰せ」という彼らの命令を実行したのが大久保利通と長州勢だったのです。
残念ながら、そういうことが鹿児島の人たちにはいまもってわからないのです。
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(引用以上)
 
 
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