アメリカ:闇の支配構造と略奪戦争
305207 日本の支配構造A 明治天皇がすり替えられたのはなぜか?
 
雪竹恭一 ( 52 営業 ) 15/06/22 PM11 【印刷用へ
「明治維新の極秘計画」(落合莞爾著、成甲書房)を参考に、なぜ表天皇と裏天皇のすり替えが行われたのか?「堀川政略」と言われるすり替え説の構造を考察して行きます。


●幕末の状況、ウィーン会議→ロスチャ支配との関係?

話は明治維新前夜の状況に遡りますが、実は、米国の黒船来航以外にも日本に対して様々な外国の圧力が働いていました。大航海時代以降、欧米列強は植民地拡大を目指して覇権争いをしてきましたが、日本にもオランダ、イギリス、ロシア等が度々通商を要求してきました。幕府はオランダ、中国以外の貿易は制限する鎖国政策を取り続けましたが、ロシアは諦めず、幕末に至るまで執拗に通商を要求し続けていました。

落合莞爾氏は、日本が幕末期に入った基点をナポレオン戦争が終わり、ウィーン体制が成立した1815年としていますが、これは金貸し支配と天皇生き残りの関係を考えるうえで重要な視点です。

「会議は踊る」と揶揄されたウィーン会議でウィーン議定書が締結され、ロシア皇帝アレクサンドルT世の提唱により、オーストリア皇帝・プロイセン国王との間で神聖同盟が成立し、イギリス国王・ローマ教皇・トルコ皇帝を除く全欧州の君主が加わります。

神聖同盟により成立した欧州王室連合の世界戦略を裏で支配しようと画策してきたのがロスチャイルドです。ロスチャイルドは中央銀行を通じた国家支配を企み、ロシア皇帝アレクサンドルT世を抹殺して、実質的にロシアを支配して行きます。
<プーチンと金貸しとの戦い(2) 歴史的考察@ ウィーン会議>参照
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日本の幕末〜明治維新にかけて、欧米列強(ロシアを含む)による開国要求、植民地支配の圧力が強まって行きますが、それらの対日工作を裏で画策していたのもロスチャイルドです。直接的には日本の開国は米国の黒船の圧力によるものでしたが、その後の倒幕〜明治維新を裏で画策したのはロスチャイルドです。日本支配に向け、佐幕派(幕府支持、水戸藩、会津藩)に金を貸したのは仏ロスチャイルドで、倒幕派(薩長土肥)に金を貸したのは英ロスチャイルドです。どちらが勝っても儲かるように対立する両勢力に金を貸すのが金貸しの常套手段であり、倒幕派(薩長土肥)によって明治維新を実現させた黒幕はロスチャイルドと見ておくべきです。


●明治天皇がすり替えられたのはなぜか?

落合莞爾氏は、孝明天皇一派が「堀川政略」を画策したのは、そのような欧米列強からの外圧を認識していたからだと論じています。以下、著書より重要箇所を引用します。

>幕末になり西欧諸国からの厳しい要求に遭って開国の已む無きことを悟られた孝明天皇が、国体を保持しつつ政体天皇を建て、以って幕藩体制から公武合体に移行することと、開国に伴う国内犠牲、すなわち外国の介入により臣民同士が相撃つ悲劇を最小に止めることを第一義にしたものと推察されます。

>さらに開国後の世界王室連合への加盟を前提にして、国体の保全と開国とを両立させるための方策を青蓮院宮(朝彦親王)、侍従岩倉具視に諮り、岩倉が未来構想に立って献策した「堀川政略」を嘉納したものと考えられます。

>つまり、「堀川政略」は、1815年にロシア皇帝アレクサンドルT世が提唱した欧州王室連合の世界戦略に対する、日本皇室の対応策として、岩倉から孝明天皇に献策されたものと観るべきものです。

>その骨子は皇室を表裏二面に分けることで、そのために孝明天皇が崩御を装い、皇太子睦仁親王と倶(とも)に堀川御所に隠れ、以後は世に隠れた京都皇統として、国体天皇本来の機能である国家シャーマンとして国家安泰を祈ります。

>京都皇統は維新後に、秘かに欧州王室連合の慣行である王室間通婚に対応しています。その背景は、東京皇室が欧州王室間と通婚した場合には、皇国史観を強調したヤマトの国柄に重大な矛盾が生じる虞(おそれ)から、京都皇統が国際天皇として王室間通婚を担ったのではないかと推察します。

※著者は「国民体育大会」との混同を避けるために「國體」という旧字体を用いていますが、簡略化のために「国体」の字体を用いています。


簡単に要約すると、金貸し→欧米列強の江戸幕府への外圧によって開国不可避、しかし植民地化は避けたい⇒どうする?という皇室の生き残りをかけた追求によって画策されたのが「堀川政略」であり、その答えが、政体天皇(表天皇)と国体天皇(裏天皇)とで役割分担し、自らは国体天皇(裏天皇)として生き残るというものだったというわけです。
 
 
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