新しい男女関係(→婚姻制)の模索
292090 『性の商品化』から女性を守る衣、ヒジャーブ。
 
匿名希望 Z 14/07/06 PM03 【印刷用へ
西洋社会からは『女性への抑圧の象徴』と捉えられているヒジャーブリンクだが、実態は全く逆。
自らの共同体と、そこに属する女性を大切なものだと捉え、西洋からの市場化の波に飲まれないようにしたイスラムの工夫がそこにある。
 
《以下引用》リンク

いずれにせよ、(人間としての)内面よりも(女性としての)外見が評価される今日の風潮の根底に女性差別がないといえないことは確かだ。
むしろヒジャーブによって女性的部分を隠したムスリマの方が、ずっと「人間として」男性と向き合っている。
イスラーム世界では、女性が「職場の花」を演じさせられたり、「お茶くみ、コピー取り」といった男性社員の補助に回されることはない。かわいい子ぶって愛想笑いする必要もなく、新車の横に裸同然の格好で立たされることもない。
どちらの 方が女性を尊重しているか、一見して明らかではないか。

男と女の間に一線を引くイスラーム世界では、男の世界と女の世界がはっきり分かれている。
男性が社会の中心にあり、女性が片隅に追いやられているのではなく、2つの別の世界を構成しているのだ。
「男は仕事に、女は家庭に」、これがイスラームにおける原則的な男女の役割分担だが、それは女性に活動の場が奪われていることを意味しない。
今日は「専業主婦」という立場がずいぶん低く評価され、出産によってやむなく退職した女性が、まるで夫の付属物になってしまったようなあせりと 、社会から取り残されたような孤立感を味わう、という話はよく耳にする話である。
確かに小さなアパートで外との接触もなく一日中子供を相手に明け暮れていれば、「一体私の人生って何」という気持ちになってくるのもわからないではない。
しかし、自己の実現のためにはなにも収入を伴う仕事に従事する必要はないのである。
職場において自分にしかできない仕事のできる女性は多くないだろうが、家庭では自分にしか果たせない妻として母としての役割を果たすことができるし、生活の心配が ない分、儲けぬきで人の役に立つ社会福祉活動に心置きなく従事できる。
若い専業主婦が自分の居場所を見いだせないのは、女性の世界がないからだろう。イスラームにおいて女性は家族、親類、隣人といった横の関係をつなぐ核として欠かせない役割を果たす。
今日、高齢化社会の到来と共に老人福祉の問題が深刻化しているが、こうした分野にこそ女性の力は発揮されるべきではないか。
主婦は人と人の繋がりを結ぶ重要な分子の役割を果たすべきなのである。そして、そうした主婦の労働はもっ ともっと社会的に高く評価されなければならない。
近年日本でも主婦のボランティア活動がずいぶん盛んになってきたようだが、女性の力はこの方向で生かされるべきだろう。男たちが取り込まれた資本主義能率主義の賃金労働システムの中に女まで無理やり参入する必要はまったくないのである。

ヒジャーブに関して補足すれば、信仰あるムスリマ(女性イスラーム教徒)は「信仰の証し」であるヒジャーブを誇りにこそ思え、抑圧の印だとはわずかにも思っていない。
体のラインを隠すゆったりした上衣は、今日の若い女性が死ぬほど胸を痛める身体的コンプレックスを覆い隠してくれるし、サウディアラビアや原理主義者と呼ばれる女性たちが着る全身をすっぽり覆う黒衣になると、貧富の差や年齢までも隠してくれる。
媚を振って歩く必要もなければ、「女らしい」座り方をする必要もない。
 
服を着ていようといまいと、壇の上だろうと路上だろうと、程度の違いこそあれ「性を商品化する視線」は今の社会の至る所にあるし、どんなにフェミニストたちがいきり立っても決してなくならないだろう。そうした視線から女性を守れるのはヒジャーブしかない。蜂蜜の皿に蓋もせず外に晒しておきながら、寄って来る蝿に「いまいましい」と苛立つのは愚かしいことだ。
 
イスラーム教徒の女性が「ヴェールを脱ぎ捨てて解放される日」は決して来ないだろう。
女性の真の解放の鍵はむしろヒジャーブにある。現にヴェール回帰現象は高等教育を受けた若い女性を中心に急速に広がっている。そして西欧でも現代の西欧型女性像を究極の女性像としてイスラーム圏の女性に押し付けることの間違いにそろそろ気づき始めたようだ。

《引用以上》
 
 
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295880 イスラームと女性【その1】 匿名希望 Z 14/09/26 PM11

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