次代の活力源は?
291726 日本の隠居は、社会役割として本業以外の「隠居仕事」を担っていた。
 
猪飼野 ( 50歳代 営業 ) 14/06/26 AM02 【印刷用へ
現代の高齢者は、定年後に社会に関われる役割分担が無く孤立しがちです。

昔のご隠居さんは、どうしていたのか?と思い調べてみると、粋なご隠居さんでした。

■日本の隠居文化
日本ではある程度の高年齢に達すると「隠居」すると言う文化があった。
隠居とは、家督を後継者に譲って、自分は第一線から退く。
自らは悠々自適の生活となるが、日本の高齢者は、「隠居仕事」(老人が勤めをやめてからする、生計に直接かかわりのない仕事)を始めるのだ。
共同体の一員である老人は、次なる「隠居仕事」で社会との関わり(役割)を始めるのです。

その実例を紹介している記事を紹介します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
■現代にいかす「江戸のライフスタイル」
リンク

A 隠居 ― 残照の余白

 江戸時代には「隠居」の制度があった。武家の場合は、法令では70歳と定められていた。が、江戸も中期のころになると、「つとめながらの隠居」という方便がとられ、年齢もしだいに引きさげられていった。

たとえば、享保年間(1716〜1736年)では61歳から64歳であったが、100 年後の文化年間(1804〜1818 年)では52歳から55歳と低くなっている。

町人の隠居には年齢の制限はなかったが、井原西鶴は、『日本永代蔵』で、「二十四、五歳までは親の指図を受け、その後は自分の才覚で稼ぎ、四十五歳まで一生困らないだけの身代しんだいを築き固め、それで遊び楽しむのが理想の生き方ときわまったものである」といっている。

家督を譲り仕事の一線を退いたのち、彼らは地域の伝統をつなぐべきしつけ係としての大役を、楽しみのひとつとしてつとめてもいたのであろう。

隠居と隠遁とは違う。趣味三昧の生活であれ、ある部分で実社会とのつながりをもっていた。なかには、隠居してのち、世に残る仕事を成した人もいる。よく知られるところでは、伊能忠敬である。

彼は、17歳で伊能家の養子となり、没落しかけた稼業を再興し、名主として郷土の発展にも貢献した。そして、50歳で隠居。

江戸に出て天文学を学び、日本全土の測量を志したのである。72歳までの16年間で地球一周を超える行程を測量し、その全距離を自らの足で歩き通したことは、よく知られるところである。

以上引用>〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 
 
 この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_291726

 この記事に対する返信とトラックバック
日本の隠居は、社会役割として本業以外の「隠居仕事」を担っていた。 「感謝の心を育むには」 16/02/07 PM06
291963 高齢者の就業率の国際比較:日本の高齢者は働き者 dou 14/07/02 PM10

  [戻る]  


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
新しい潮流1 社会捨象→不全捨象の充足基調(’70・’80年代)
新しい潮流2 私権統合の崩壊と社会収束の潮流(’90・’00年代)
新しい潮流3 社会不全⇒認識欠乏の蓄積
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
新しい潮流5 実現派は仲間収束から社会収束へ
新しい潮流6 解脱仲間から認識仲間への逆転
仲間圧力と認識仲間
新しい潮流は、新しい人間関係を必要としている
市場社会の、カタワの「集団」
本当は、「集団」に入ったのではなく、社会に出たのだ
古い人間関係は、影が薄くなるばかり
関係パラダイムの逆転1
関係パラダイムの逆転2
活力源は、脱集団の『みんな期待』に応えること
収束不全発の適応可能性の探索、その深くて強い引力
充足基調から探索基調への転換
'90年代の危機感と変革期待の行方
秩序収束と答え探索の綱引き
潮流2:戦後日本の意識潮流
潮流3:’70年、豊かさの実現と充足志向
潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束
潮流9:経済破局を突き抜けてゆく充足・安定・保守の潮流
今後10年間は充足⇒活力を上げれば勝てる 
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(1) 共認充足が最大の活力源。'10年代はそれだけで勝てる
市場時代の共認非充足の代償充足⇒解脱(芸能)埋没
'70年〜現代 収束不全⇒本能的な秩序収束⇒課題収束⇒認識収束
現代〜近未来 対象への同化こそが新しい認識を生み出す
大学生が授業に出るのはなんで?
「やりがい」に潜む社会的欠乏
カリスマ 〜自分たちが共認できる価値観への評価収束〜 
仲間収束 2:一人でできない子
「働きたいから働こう」という意識
快美欠乏に替わって、認識の統合が最高価値になった。
判断の土俵とは、人々の潜在思念が作り出した共認圧力の場
『必要か否か』が環境問題に対する基底的な答えになる
芸能か、認識形成か

『るいネット』は、46年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp