<昭和 農業用発動機の開発>
昭和になると、夜這いはほとんど姿を消し、家と家との見合い結婚へ急速に移行した。それには農業用発動機の開発で、臼摺り、脱穀などの調整作業が動力化され、少数の作業員を雇うだけで済むようになったことが、大きい影響を与えている。もはや若衆に協力してもらう必要はなくなったから、「夜遊び」の若衆たちを閉め出してしまった。
<戦後 農地改革、その後の経済構造の発展>
戦後の農地改革、その後の経済構造の発展で、昔の村落共同体は完全に解体され、夜這いその他の民俗も廃絶されるか、著しく変形して残るものもあったが、ほぼ夜這い民俗の伝統は終わったとみてよいだろう。
<これまでの民俗学の態度>
明治政府の「家父長」制的家族の創出は、古いムラ共同体の慣行を破壊し、全国的に婚姻様式を統一しようとするものであった。しかも、それは有産層、有識層の利益を保護するためのものであったから、その強行に対してムラの若衆仲間、娘仲間が反抗し、かれらの息子、娘たちに報復したのは必然であったといえる。問題は、そうした反抗運動を、ただ犯罪的現象であるからとして、結婚民俗から切離していた、これまでの民俗学の態度であろう。支配権力の都合がよい、それに迎合した婚姻習俗だけを、ムラの生活から切離して採取したところで、どうして生きている民俗を記録できるものか。
※抜粋、省略等により、著者の言うところが、正確に読み取れないところがあるかもしれません。ご了承下さい。
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