西洋医療と東洋医療
272978 「るいネットで母を救出した!」「認知症は医者が作った病名?」(1)
 
原賀隆一 HP ( 62 デザイン自営 ) 13/02/12 PM03 【印刷用へ
「るいネットで母を救出した」とは、私がここに参加するようになって10年近くになるが、ネットを始めた頃ここでいろんな情報を探し、その無数の情報の選択能力を培わせていただき、それが日々の暮らしに大きく役に立ってきた事に感謝し、その最大に功を成した事が現実に起きたのでこのようなタイトルにした。

■ 「本題」を始めたい。
 実は妻の母(82歳)が昨年11月初旬にちょっと転び、「圧迫骨折」をしてしまい、とある総合病院に入院したことから始まるのだが、もちろんその治療は実に適切な処置をして頂いたと思え、日ごと治癒に向かっていたようだ。

 私たち夫婦は病院から4、50キロ離れて、二人で印刷業をしているが、ちょうど一年で一番と言っていいほど忙しい(年賀状印刷)時期でもあり、なかなか十分な対応はできなく、ときどき見舞うだけでほとんど病院にまかせていた。妻は母に直接携帯電話で様態を伺っていたが、順調に回復に向かっていたようだった。

◆ところが、その入院の疾患元である「骨折」はほぼ治癒して、退院しても良いようになっていたのだが、12月初旬になって、同時進行的?に「認知症(と診断された)」の症状が日に日に激しく悪化してきたのだ。
 私たちは、テレビや知り合いの方などから、家族で「認知症」の人を介護するのはかなり大変なことで、家族みんなが疲れ果ててしまうなどの情報を聞いていたので、今後どうなることか、どうしようかと考えた。

 そうするうちに、病院側から院内徘徊、大小の失禁、他の患者への暴言、他の人のベッドで失禁、視力低下、意識低下、お見舞いの人の認識もできなく、「ベッドに猫がいる」などの幻視などと、12月初旬までの母の様子からは考えられないような、急激に認知症が進んでいるとのことで、24時間目が離せないとの報告を受け、夜間は病院が看るが昼間(午前9時〜午後8時くらいまで)は誰かそばについていなければならない状態とのこと。

 そこで、元看護師の人をつきそいで雇ったり、妻も仕事の合間をぬって病院へ行き付添をしていたが、娘が誰だかわからない程まで悪化していた。妻は担当の医師に、単純な疑問として「あんなに穏やかできれい好きだった人がどうしてこんな急にひどい認知症になったのでしょうか」と聞いた。
 すると医師は「アリセプト(薬品名)が合わなかったのかも知れません。今は止めています」と答えたそうだ。そういったことを、事務所で一人仕事をしている私に電話で報告してきた。私は即座にその「アリセプト」という薬についてネットで調べてみた。
 
 結果は後で詳しく書くとして、結論から言えば、「アルツハイマー型認知症」の治療薬として日本で一番多用されている薬だった。ところが、母は「アルツハイマー型」という「診断」はされていないのである。アルツハイマーはMRI等の検査で判明する脳の異常による疾患だという。ところが、認知症にはいろんな型があるとのことで、その処方も違ってくるはずである。
 
 そして、12月24日、病院から帰った妻からいろんな症状を聞くと、「アリセプト(エーザイ)」(説明書)に書かれている数々の「副作用」として現れる症状そのもののだった。

 私はとっさに「これは薬によって認知症がひどくなったのだ」(極端に言えば「認知症にさせられた」)と直感した。(その直感に導いたのが、船瀬駿介氏の「抗ガン剤は造ガン剤=がん医療マフィアビジネス」の情報などを熟読していたからだ。)
 とにかく早く病院から出して、家で看病するか、近くの認知症専門の病院で詳しく調べてもらうことにしようと決め、翌々日、私も病院へ行くことにした。

 26日、朝病院へ着くと、母はちょうど朝食が済みベッドで休むところだった。その時看護師がやってきて「お薬です。飲ませてあげて下さい」と妻に数種の薬(錠剤)を渡された。
 私はすぐにその薬を手に取り、見ると、なんと担当医師が「今、止めている」と言った「アリセプト」、さらに「アリセプトD」やその他の薬が10種類近くも処方されていたのだ。私は妻に目配せをして、薬品名をメモし、仕事があるので熊本市へ帰った。

 そして、また「アリセプト」以外の薬品の内容を調べたが、ことごとく「効果薬」としてのデータは非常に乏しく、「改善、遅らせる、期待が認められる」程度で、それより「副作用」の項では、最悪「突然死」に至るまで、凄まじいものがズラリと書かれていて、それらが認められた場合、医師は投与を中止する注意書きが書かれている。これは「取扱書」だから当然医師は熟読していなければならないはずである。
 それを、ずっと継続して投与していたと言うことは「確信犯」と言っても過言ではないと思った。

 病院にいた妻からの電話に、とにかく病院から連れ出してくるようにいうと、妻も「わかった。今朝の薬は私がポケットに入れて飲ませていない」と言い、急いで「一泊・外泊許可」を出してもらい、親戚の人の車で母を連れ出させた。
 もう、病院に返すつもりはなかった。しかし、そうやって「脱出」でもしないと、医師の勧める関連の介護施設や連帯の精神病院へ紹介状(斡旋料をもらう?)によって送られる方法に従わざるを得ないのが実情なのだ。(勧められつつあった)
 いわゆる「素人患者」側が色々選択できるような医療システムではないのである。当然「退院」するにもそれなりの診察を受け、医師の許諾を取らなければならない。

 しかしもう病院へ返すつもりはなかったので翌日、電話で「わりと様子が良いようなので退院させる」ことを告げると、医師は驚いたように(そんながずはないと思ったのか)「本当に大丈夫ですか。どこか紹介状を書きましょうか」などと言ったが、適当にはぐらかし、とにかく電話で退院をさせた。

 電話では具合が良いからと言ったものの、実は最悪の「薬害」といっていいほど、かなり症状は悪化していたのである。こちらが完全な素人判断(医療陰謀論?思い込み)で、今後果たしてどうなるのだろうかという懸念もあった。
(2へ続く)
 
 
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