日本人の起源(縄文・弥生・大和)
270859 大伴氏の出自
 
小澤紀夫 ( 40代 営業、企画 ) 12/11/26 AM02 【印刷用へ
大伴氏族と久米氏族:大伴氏族概観リンク
から引用

<引用開始>

 大伴氏族は、天押日命の後裔とされ、神武天皇より早い時期に紀伊に遷住してきた天神の一派で、山祇系の流れである。その系譜は、より具体的には神武創業の功臣、道臣命の後裔である。
  道臣命は紀州名草郡片岡邑の人であり、その功により大倭国築坂邑(高市郡北部。現橿原市鳥屋町辺り)に宅地を賜ったという。その祖天押日命について、瓊々杵尊の天降り随行という伝承があるものの、この氏族の遠祖には紀州土着の色彩が相当強い。この氏族の紀州在住時代に紀国造氏族(紀伊氏族。天御食持命後裔)を分岐した、というより、むしろこの氏族の方が紀国造氏族の一支族と位置づけられよう。
 こうした出自の影響か、大伴氏族の榎本連、丸子連、仲丸子連、宇治大伴連等が紀伊国で繁栄した。

 大伴氏族は、その発生段階から久米部や靫負を率いて宮門の警衛にあたる軍事職掌の氏族であり、倭建命の東征にも武日命とその子弟等が随行したが、何故か国造家は全く創出されていない。この氏族の分布は、中央では畿内及び紀伊などその周辺にあり、地方では東征随行の影響で陸奥にかなり広範にみられる。大伴氏族から神代に分岐したかのような系譜をもつ久米氏族は、実際には崇神前代に分岐した近い氏族だったとみられる。

<引用終了>




朝鮮渡来系氏族出自の万葉歌人たち:大伴旅人(おおとものたびと)・大伴家持(おおとものやかもち)リンクから引用

<引用開始>

 大伴旅人と大伴家持父子で合わせて558首の歌が『万葉集』に収録されている。この歌数は読み人の知れる歌2600余首の5分の1に相当し、特に巻17から巻20は家持の歌日記、私歌集の感があるとさえ言われている。その家持の最後の歌は天平宝字3年(759)に作られており、『万葉集』はなぜかその歌をもって幕を閉じている。そのため、家持が『万葉集』の編者に擬せられているが、定かではない。

 父の旅人は斜陽大伴家にあって大納言まで上ったが、家持は中納言で没している。家持は死後、桓武天皇の寵臣・藤原種継(ふじわらのたねつぐ)暗殺に関与したとして、墓を暴かれるという屈辱を受けている。この古代の名門氏族大伴氏の出自は、実は高句麗系渡来氏族であるとする説がある。

 大伴氏の氏始祖伝承に神武東征に出てくるヤタガラスの説話がある。鳥類を氏祖とするのは北方系鍛冶神信仰種族の特徴である。また、氏祖伝承に顔を見せる高魂神の後裔とされる氏族は、高句麗系に属すとされている。その中の少なからぬものが、朝鮮半島東岸に沿って南下し、日本海を渡って、弥生時代から次々と渡来し、越から近江路、大和山間部に広がった。こうした高句麗系の山民が、大伴氏が統率する八十伴緒(やそとものお)であるという。

大伴氏は、畿内の豪族の中でも最も早く渡来した氏族の一つである。後になって、今来の百済系氏族や新羅系氏族も組み入れたと思われる。大伴室屋や大伴金村など、大伴氏最盛時に、その後裔であるとする家系伝承を作っている氏族が多いためである(例えば、高志連、高志壬生連、佐伯宿禰、林宿禰、大伴連など)。

<引用終了>



以上の内容から整理すると、

1.大伴氏族は、天押日命の後裔とされ、神武天皇より早い時期から日本に来た。

2.大伴氏族は、宮門の警衛にあたる軍事職掌の氏族であった。国造家は全く創出されていない。この氏族の分布は、中央では畿内及び紀伊などその周辺にあり、地方では東征随行の影響で陸奥にかなり広範にみられる。

3.大伴氏族は古くからの畿内の豪族で、百済系氏族や新羅系氏族も組み入れた。百済系氏族や新羅のどちらにも属さない可能性がある。

4.家持は死後、桓武天皇の寵臣・藤原種継(ふじわらのたねつぐ)暗殺に関与したとして、墓を暴かれるという屈辱を受けている。

5.大伴氏の氏始祖伝承に神武東征に出てくるヤタガラスの説話がある。鳥類を氏祖とするのは北方系鍛冶神信仰種族の特徴である。また、氏祖伝承に顔を見せる高魂神の後裔とされる氏族は、高句麗系に属すとされている。

6.弥生時代から次々と渡来し、越から近江路、大和山間部に広がった高句麗系の山民が、大伴氏が統率する八十伴緒(やそとものお)であるという説がある。


以上から、大伴氏の出自は、実は高句麗系渡来氏族であるとする説が有力と思われます。
 
 
 
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