日本人と縄文体質
261957 朱子学、大衆には「こころを磨く」と説き、「道徳」「商人の道」、天道より「人道を尊重」と説く
 
今井勝行 ( 中年層 会社員 ) 12/03/05 PM07 【印刷用へ
江戸時代に武士の間で朱子学を学び、武士の存在理由となる思想として登場したが、大衆の間ではどのように普及したのかを示す記事を見つけました。

【記事引用】
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りんりん,倫理のぺーじ

民衆の思想
江戸時代も安定してくると,町人たちの文化も成熟してきます。そもそも町人たちは商人を中心とする町衆ですが,四民の中では最下層に位置づけられていましたが,貨幣経済の進行に伴い経済的な実力を養い,台頭してきたわけです。そんな町衆の倫理観はやはり儒学の影響を受けたものでしたが,町衆としての倫理道徳を説いたのが, 石田梅岩(いしだばいがん)(1685〜1744)その人でした。
 彼は,神道,儒教,仏教,老荘思想には,各学派や宗派などさまざまな教えがあるが,いずれも「わが心を磨く」教えであるとして,三者を折衷した「心学」を唱え, 彼の学派は「石門心学」と呼ばれました(陽明学も心即理を説く修養の学なので「心学」といいます)。
 梅岩の思想は,儒学(朱子学)の倫理によりながらも,この儒学の中の倫理的側面を「道徳」として強調することで,庶民階層へ浸透させることに成功したのであり,もはや武士のためではなく,町人の存在を意義づけるための思想「商人の道」を作りあげたんだ。
 当時,士農工商という身分制度のもとで,物を生産せずに売買によって利益を上げる商人たちは,さげすまれてたんだけど,梅岩は,商人の利益は「天理」であり,武士の俸禄と同じだと主張し,身分制はあっても,その働きはみな天下安定のための役割を果たすもの,天理に沿ったものだというんだ。そして町人の社会的役割や意義の強調だけでなく, 商人道徳として,正直・倹約・勤勉・ありべかかり(あるべきよう)を説きます。
 この正直とは,自己の義務を履行し,事態の本位に従うということで,倹約とは,財宝をほどよく道にかなって用い,生活のために三つ要る物を二つですむようにし,それを世に施すという社会性であるといいます。この2つこそ,正直の心や斉家治国平天下の基となるものというんだね。

 この貨幣経済の進行という社会背景は,一方で武士たちによる農民への過重な搾取に結びつくわけです。なぜって食べ物は必要以上に持ってもゴミになるだけだけど,お金は誰でも必要以上に持とうとするでしょ。そんな中で,東北地方の医者,安藤昌益(1703?〜62)はその根本である封建制を批判し,平等な社会を唱えます。
 彼は,人間は,姿形に個人差があるとはいえ,人間としての身体の構造・機能などすべて共通で,何らの差別はない。同様に人が生活を営む社会においても,社会的差別があってはならないというんだね。しかし,現実に「四民の別」(士農工商のことね)が存在するのはなぜか。すなわち,四民の別は,中国の古代に聖人が私利私欲のために,君主として下々の者を支配したことに始まるんだ。こりゃまちがっとる!といい,法世(ほうせい)と呼びます。つまり法世とは,支配者が自己の利益のために都合よく作り出した人為的社会である,「こしらえごと」による,さまざまな社会弊害の源であるというんだ。
 昌益は,「転定」とかいて「てんち(天海)」とふりがなをつけるんだけど,両者は対立するように見えて,互いが両者一体となって活動する自然の理法を重視し,この自然の理法に則り,万物を生み出す根源とするものが「活真(かっしん)」なんだ。つまり,すべてのものは互いの依存関係(互性)の中で,調和を維持して,活真にのっとり生じていると考え,人間も同様に生きていく社会(自然世(しぜんせい))を説くんだ。
 その自然世における生き方とは,人間が生きていく上で不可欠の生産(農業生産)に,支配階層である武士も従事するべきである,というものなんだ。自ら耕し,織る。食物と衣服を生産して消費するという万人直耕(ばんにんちょくこう)こそその生き方であり,武士も農民も皆平等で,武士だけが腰に刀を差し尊大に振る舞うのはおかしい,という農本主義的自給自足の生活の在り方を強烈に展開していったんだ。

 また小学校の校庭なんかにある,あの薪をしょいながら本読んでる子どもの像(最近あれ,ないんだって!?何でも子どもがまねすると危ないって親からクレームついたんだって。だからって,バカだねぇ。あれは勤勉にがんばることの大切さを教えてるわけでしょ!学校の先生もあれをそのまま、マネせよなんて言わねぇつうの!そんなことに目くじらたてて,また抵抗できない学校もバカ!親も先生もしっかり教えろ!)二宮尊徳(1787〜1856)は,あれた農村を復興した農業実践家として世に知られてるんだ。知らなかったでしょ?その功績を記念して「二宮」の名がついた地域も沢山あるんだよ。
 彼の復興の手法は,勤勉・分度(ぶんど)・推攘(すいじょう)の3つ。
 儒教的に言うと,天道(つまり天の理)よりも人道を尊重するんだ。農業では,自然は恵みを与えてくれるけど,同時に干害や洪水みたいに災害ももたらします。つまり農地も天にまかせたままだと荒地になってしまいます。農作物は種まき収穫と四季(天道)にあわせて,人も手を入れる(人道)というように,勤勉でないといけないということ。
 「人道は一日怠れば忽(たちま)ちに廃す」だね。 そして,人は,分度を守って,生産活動や消費生活において計画的に行動することで,無駄を省き物 を有効に使う「倹約」も含まれている。この分度が基本となって「推攘」が有効に働く。推攘とは,推し攘(ゆず)ることで,まず個人生活においては家計を計画化・合理化して「今年の物を来年に譲る」という貯蓄の道であり,収入や身分に応じて生活を合理化し,余剰を生み出すこと。さらにもう一つ意味があって,この余剰を他に推し攘る。それは親戚や朋友のためであり,郷里や国家のためである。これは共同連帯・相互扶助の教えなんだね。
 これらの尊徳の思想の根底には,報恩(報徳)の思想があります。彼はいいます。
 「わが教えは徳をもって徳に報いる道である。天地の徳(かれは田の生産力や収穫物を「田徳」という)をはじめ,君の徳,親の徳,祖先の徳,そのおかげをこうむるところみな広大である」
 これらの徳に報いることが尊徳のいう人の道だったんだね。この道の実践によって社会も発展すると説いたんだ。
 
 
 
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