実現論を塗り重ねてゆく
245378 遺伝子で見る日本人との違い 4
 
新聞会 11/02/09 AM00 【印刷用へ
引き続き三日月城通信リンクより転載します。
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新モンゴロイド
K1 フィジー、ソロモン諸島
K2 ヨーロッパ、中近東、北アフリカ、西アフリカ
K5 ニューギニア、インドネシア、マレーシア
K6/7 メラネシア
L パキスタン、スリランカ、ドラヴィタ(L1)、インド(L1,L3)、ペルシア(L2,L3)
M パプアニューギニア
N ウラル語族、フィンランドで優勢、バルト三国にも多い(N1b/N3)。イヌイット、ツングース系 朝鮮3% 日本1%(N-LLY22g,N-M128/N1)
N1 (N-LLY22g)
N1a(N-M128 旧N1) 東シベリアから東北アジアで多く見られ、ほとんどがツングース系(C3)と混血している。
N1b(N-P43 旧N2) シベリア西部の少数民族に見られる フィン・ウゴル語族
N1c(N-P105 旧N3)
N1c1(N-M178,P298 旧N3a) フィンランド人、フィン・ウゴル語族。


O系統 東・東南アジア
O1 台湾原住民 日本:1%程度
O1a 長江文明人 下流域? タイ=カダイ系
O2a 長江人文明人 中流域? 楚人系?(チワン/タイ/ヴェトナム/インドネシア) 華南 30% 日本 0%
O2b(O-M176 旧O2b/O2b1) 呉人系? 琉球南部 67% タイ6% ヴェトナム 14% 中国 0 日本 35% 朝鮮 30% 弥生琉球・江南ルート
O2b1(O-47z 旧O2b1a) 弥生人? 日本人に占めるO2b系の75%がO2b1 朝鮮では25%。
O3 華北中国人(匈奴・鮮卑系?) 華北 66% 朝鮮40% 日本20% 弥生山東・江南ルート


※古いデータでO2b1(O-P49)/O2b1a(O-47z)としているのは今はO2b*(O-M176/SRY465, P49, 022454)/O2b1(O-47z)に変わっている、名称がずれているので注意。


K,L,M,N,Oのグループのうち
K,L,Mはインドで分岐し、北上しなかったグループ。特にK,Mは海を越えたグループ。
N,Oグループは、一旦北上し、シベリアで寒冷地適応してから南下(もしくは西へ移動)した新モンゴロイド。と考えられる。


がいかんせん資料がない。


Nグループは、ウラル語族(フィン人)、バルト三国、極圏アジアなどで多く見られる遺伝子である。
日本では1%未満と言われているが、朝鮮ではN1(Khalkh Mongolで5%)が4%ほど出ている


Oグループはおそらく中国で分離したグループだと思われる。
O1グループが最初に南下し、台湾からフィリピンへ移動?
O2グループは、長江で分離しO2aが長江中流から南下、O2bが長江下流域から日本に渡ったグループだと思われる (3万年前にO*から変化)
O3は、華北で極端に強いため周・秦・中国北朝系と思われる。つまり、西戎・匈奴・鮮卑(O3は更に細かいグループに分かれるので、実際には更に詳細な調査をしないとわからない)(1万年前にO*から変化。従って、史実圏に入ってからO3c/O3eが産まれた可能性がある)


※案の定、O2b1は韓国起源などと書いているサイトがあった。O2bよりサブグループのO2b1の方が起源が古いと言うばらつきがあり、誰かちゃんと研究してくれ・・・(常識的にみれば江南稲作民で、O2b1は、3000年以上前に現れていて、まだ江南に入る可能性が高い。)


O系グループは新モンゴロイドの形質を元々持っていないと思われているが、O系が支配的な華北・韓国で新モンゴロイドの形質を強く示すので、黄河文明人は、一度モンゴル平原かシベリア方面で混血し、新モンゴロイド形質を得てから南下したグループの可能性が高い(同じO系なのに長江文明人は旧モンゴロイドが支配的。しかもO系がO3が分岐したのはほんの1万年ぐらい前と言われている・・・。)


メモ
長江文明 良渚文化 O1系
長江中流(江西) 呉城文化 O2a系+O3*
長江中流(両湖平原) 大渓文化 O3d系+O2a+?
黄河文明 龍山文化 O3(M122)系+O3e


弥生系O3はO3/O3c/O3eで構成されている様だが、O3が優勢、漢民族系のO3eがやや多く、ミャオ族系のO3cはごくわずかの様です。なお、朝鮮はO3cが比較的多い(13%と言う資料があった)様で、構造が全く違う可能性ある。朝鮮のO2bを50%としている資料があるらしいが、英語の資料をみると軒並み30-35%(20%の資料があったが代わりにO* O1が入っていた) O3は30-40% O3cが南部のみに見られ13%。つまり 40-50%がO3/O3c 20-30%がO2b で会わせると 70-80%がOグループ 残りがC3(15%) D1(2%) N(5%) Nはツングースよりさらに北の民族。あと特徴的なのは朝鮮族には、Kグループが入ってくる点である(満州族に若干見られるが、満州族より高い。漢民族が混血している可能性が高そう。遼寧の漢族はKが高い)


# なお、韓国のデータは、資料によって非常に誤差が激しい。サンプルの取り方もおかしい。慶州と扶余とソウル近郊(ソウルは流入が激しいので正確なデータが取れない)、釜山近郊、済州島あたりの観測点が欲しいところ。


そして、日本のO2bはO2b1(47z)型が大半(O2b中 75%以上)で、O2b1(O2b中 10-50%)が少ない朝鮮とは構成が違う。(問題は、O2bからO2b1がいつ分岐したかでしょう)
O3の構成もO3e優勢(うち、O3e1が8割と言う資料がある)でO3c(1%未満)の日本とO3cの比率が高い朝鮮(O3e1を出している資料では、O3cは無く、O3eとO3e1が半々。)で異なっている(この辺になるとサンプルが一桁になるので誤差が大きい。)


(資料によってO3a/b/c/e/fとするものとO3a1/2/3/4とするものがあって訳わからない。)


下の資料だと韓国と日本では同じO系統でも全く構成比が違う結果が出てきている。
リンク 


この違いは同じ中国移民グループでも移民ルートが違うと考えるのが妥当。


O3a-系列のグループ分けだと


O3a3(M159)とO3a4(P103)が日本に存在するグループ、O3a1(DYS257/P27.2, M121)とO3a3b(M7)が漢民族に存在するグループ。韓国は知らん。


O1はおそらく、最初に江南に移動したグループで、更に台湾、東南アジアに移動した(追い出された)グループで、日本にはごく少数が渡っている。春秋時代には中国より更に南下していたか少数民族で、孤立していた可能性が高い。楚・呉・越にかなり早い時代に吸収された可能性があるが、巴・蜀とも関係無さそうである。比率としては、O2bの弥生人グループにごく少数混血していた可能性がある程度の数字。呉の系統の可能性は薄くあるが、華北で出てこないとおかしい。


O2aは華南に多く、日本では出てこないグループのため、海沿いに住んでいなかった可能性が高い。また、タイで優勢の為、楚人=タイ系の可能性が高い。楚は、弥生人の移動後に呉・越を支配したのでヴェトナムで多く出てきてもおかしくはない。


O2bとO3はほぼ弥生人と思われるが(アイヌに存在しないため)、稲作を持ってきたのはO2bグループ(その中のO2b1グループが弥生人=倭人)だと思われる。O3は後から流入した可能性が高い(琉球南部でO3が皆無)韓国にもO2bは居るが、O2b1は少ない。なお、現代中国ではO2bは見られないが、中国をわたってきたとしか考えられない。(しかし客家が不明な為、原漢民族がO3と証明出来ない)。


#エヴェンキ族でO2bが出ている様である。しかし、これは女真由来では無いかと思われる。
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5に続く
 
 
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