実現論を塗り重ねてゆく
245203 日本語のタミル語起源説は本当か?(2)〜タミル語と日本語のミッシングリンク
 
佐藤晴彦 ( 52 会社員 ) 11/02/05 PM03 【印刷用へ
日本語のタミル語起源説は本当か?(1)(245179)の続きです。
(以下、伊藤俊幸氏の「日本人の源流を探して」リンクより引用)
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■タミル語と日本語のミッシングリンク

 筆者は、大野晋の稲作に関する同系の語彙の発見、この素晴らしい成果をタミル人が北部九州に渡来して稲作を伝え語彙を残したという、荒唐無稽な文化伝播説に埋もれさせてはならないと思うのである。
  
“南インドの文化と弥生文化”に共通する上記5項目のうち、筆者がとりわけ注目するのは甕棺墓が両方の文化で同時期に存在することである。
 甕棺墓は幼い子供を葬るときに、しばしば各地で使われる墓制である。日本でも縄文時代から存在するし、東アジアや東南アジア各地で見られる。
 しかし大人の墓制としての甕棺墓は必ずしも普遍的ではない。

 第3部04.項で詳しく見たように、日本列島でも北部九州の、それも福岡・佐賀両平野に一時 的に存在しただけである。
 弥生前期末、突然北部九州平野部に出現し、弥生中期中葉に最盛期を迎え、その後弥生後期には衰微してしまう。
 一つの集団墓地には甕棺墓が数百〜数千の規模で埋まっている。     
 大野によると、これと同様の甕棺墓群が南インドでも見られるそうである。(下の写真は大野自身が撮影したものという)
   
 南インドの甕棺は、インド巨石時代のはじめ、紀元前1,000年ごろから南インド全体に広汎に存在し、たとえばタミル州南端に近いアーディチャナルールという所には、何万という甕棺の原があるという。また大野が実見した上の写真のアミルタマンガラム遺跡も、数百規模の甕棺墓群があるという。
 大野はこうした事実から、タミル人がタミル語とともに甕棺とそれを墓として使うという思想・習慣を北部九州に伝えたと言いたいらしい。
 もしそうだとすると、甕棺の製作技術や埋葬の方法まで、北部九州のそれと南インド・タミル地方のそれが共通していることが必要である。
 しかし事はそう簡単ではない。
 人類学ミュージアム館長の松下孝幸は「日本人と弥生人」(p95)という著書の中で、
・・・この大型の成人用の甕棺がどこから来たのか、現時点では判明していない。中国はもちろんインドまで探しに行った学者もいるが、決定的なことはわかっていない。・・・
と著述している。すなわち、インドの甕棺と北部九州の甕棺が同じものだという確証はないと言うのである。
 この甕棺墓は支石墓のように朝鮮から伝播した文化でもない。甕棺墓のルーツを探りかね、九州周辺の学者の間では、この甕棺は弥生文化に独自なもの、メイド・イン・ジャパンではないかと言う学者も少なくないくらいである。

 そこで筆者は一つの仮説を提示したい。
 それは南インドと日本列島の間にミッシングリンク(この言葉は、本来は、生物の進化・系統において、化石生物の存在が予測されるのに発見されていない間隙を意味する。)が存在したのではないか、という考えである。
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 仮説:
 3,000年前長江中・下流域に、先に大野が挙げた5項目の文化を包含した集団がいた。
彼らは、黄河流域から南下してきた集団との戦いに敗れ、一部は東に、一部は西に南に逃れた。
 東に逃れたうちの一派は北部九州にたどり着き、弥生前期後半に甕棺墓の風習や弥生文化の多くを広めることになった。
 一方西に逃れた一派は、雲南センターを経由して更に西に進みドラヴィダ族のタミル集団に稲作とやはり甕棺墓などの弥生文化に並行する文化をもたらした。
 この結果、日本列島と南インド地方には、あたかも南インドの文化や言語が日本列島に伝来したかのごとく、同じ文化や言語がほとんど同時期に平行して存在するという状態を現出した。
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こういう風に考えれば大野晋の日本語タミル語同系論は無理なく説明できると考えるのである。
 長江中・下流域で日本語に取り入れられた稲作農耕用語を使い、成人の大型甕棺墓文化などを持っていた民族集団がミッシングリンクの候補となる。
 その民族集団はすでに他の集団に吸収されるなどの理由で消滅してしまっているかもしれず、したがって数ある中国の少数民族のなかにも日本語の稲作用語の源流と考えられる言語が見出せないのかもしれない。(ミッシングリンクの発生を図示すると次のようになる。)
リンク

以上引用終わり
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上記の伊藤俊幸氏の仮設のように、タミル語が日本語の源流であるというよりは、どちらも共通とする言語を話す民族がそれぞれに分かれたのではないかとする説のほうが論理的に繋がるように思います。
 
 
 
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