実現論を塗り重ねてゆく
242548 中国における新石器文化概要5
 
彗星 ( 中年 ) 10/12/21 PM00 【印刷用へ
[風篁楼(リンク]のサイトより、『新石器文化(リンク』の記事より先史古代中国文化の一覧がありましたので転載します。(※中国漢字の表現のできない部分あり。本HP参照願います)
-----------------------------------------4より
■彭頭山文化 B7500?〜B6000?
 1980年代に発見された湖南省れい県の彭頭山遺跡を標式遺跡とする。環洞庭湖一帯に展開し、土器の混和材として大量の稲籾が使用されている事から、栽培稲による水稲農耕が公認されている最古の文化。彭頭山遺跡は中国最古級の恒常的集落とされ、面積約1万uの、河水を利用した中国最古の環濠跡も発見されている。同文化期後期のれい県八十とう遺跡は、3.2万uの環濠集落に発展した。
■城背渓文化 B7000?〜B6000?
 1983年に発見された湖北省襄樊市宜城県の城背渓遺跡を標式遺跡とし、当初は遺物の類似性によって彭頭山文化に包括されていた。両湖平原北西の峡江地区一帯で行なわれ、土器胎土中からイネの籾殻が検出されたことで栽培稲文化に加えられた。城背渓遺跡は前期の、宜昌市枝江県の枝城北遺跡は後期の遺跡とされる。
■大渓文化 B4800?〜B3300?
 彭頭山文化を継ぐ湯家崗文化(?市文化)と城背渓文化が融合したもので、峡江地区・両湖地区で行われた。彩文紅陶を特色とし、末期には江南文明との交流によって黒陶・灰陶が出現し、符号の使用も認められる。灌漑農法が確立して水稲農耕が大規模に発展したことで集落の多くが水畔から平野部に移動したが、三峡ダムの建設によって主要遺跡の多くが水没した。標式遺跡は四川省巫山県の大渓遺跡。
■屈家嶺文化 B3300?〜B2800?
 湖北大渓文化に鄂東の辺はん文化・河南の仰韶秦王塞類型文化などが影響して成立。標式遺跡は湖北省荊門市京山県の屈家嶺遺跡。同文化期の遺跡の殆どが大渓文化期の集落が発展したもので、轆轤製成による定型化された黒陶や、陶製の鉢、彩色した紡錘車を特色とし、石家河遺跡の都城化を以て石家河文化に移行した。屈家嶺文化は河南地方にも影響を与え、河南省浙川県の下王崗遺跡では、上層から順に竜山文化、廟底溝第二期文化、屈家嶺文化、仰韶秦王塞類型文化、仰韶半坡類型文化の積層が発見された。
▲城頭山遺跡 B3100?〜
 湖南省れい県東渓郷。1991年の発掘調査の結果、中国最古とされる城壁址が出現した。都城プランは直径約330mのほぼ円形で環濠を備え、4基の城門や版築基壇、舗装された直交道路や運河の存在が確認されている。
■石家河文化 B2800?〜B1800?
 屈家嶺文化において大都城が成立した後の呼称で、1990年に湖北省天門県で発見された石家河遺跡を標式遺跡とする。石家河遺跡を代表として環濠集落から発展した版築城壁の都市が出現し、それらの規模は6万u〜30万uほどで、江北で方形プランが、江南では比較的小型で楕円形のものが多い。灰陶器を主流とし、銅器もみられる。
 石家河遺跡は鄂東の大洪山南麓に位置し、基底幅50mの1400mX1100mの城壁が確認された。玉器の加工技術水準は良渚文化に比肩し、出土品の造形には竜・鳳凰などの他に人頭像(神像)・獣面など独自性が看られ、総体的に宗教色は薄いとされる。城外からは夥しい彩色紡錘車のほか石器・玉器などの工場址が出土し、銅鉱や銅片も発掘されたことで冶金工房の可能性も考えられる。B2000年頃より急速に衰えて集落群が崩壊し、その後に成立した青竜泉三期文化は石家河文化との継続性は乏しいとされる反面、灰陶が主流となるなど中原文化の強い影響を示している。石家河文化の衰亡は、全国的な気候変動に加えて中原勢力による断続的な攻伐によるものとされ、『呂氏春秋』などに堯〜禹による三苗討伐の記事として反映されているという。亦た『尚書』には、苗民は祭祀より刑法を重んじた旨が記されている。
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 石河家文化の後の湖南文化は、久しく湖北文化と同様に中原の二里頭・二里崗文化の類型的に扱われ、1958年に長沙市寧郷県の黄材で人面方鼎や四羊方尊などの特異な造形の大型青銅器が出土した際も、殷文化の地方類型と分類されたが、近年になって各地での出土が相次ぎ、動物型青銅器や銅鐃などの独自性が見直されている。出土した大型青銅器には中国最大級のものを伴うことから、鋳造技術や意匠表現などは殷文化を凌ぐとすら評され、殊に銅鐃文化には突出したものがあり、鐃王をはじめ中原文化のものとは比較にならない大型の銅鐃が多く出土している。広域の政治組織の中心を示す大型遺構は未だ発見されておらず、出土した青銅器の殆どは山水に穿たれた埋納坑から発見されており、この風習は楚にも継承された。
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■呉城文化 B1400?〜B1000?
 は陽湖平原一帯に展開した青銅器文化。圏内には稲栽培の源流とされる万年県仙人洞・吊桶環遺跡が存在し、B3000年〜B2500年頃に山背文化が行われていた事も確認され、華中華南に共通する幾何印紋陶文化の核心区とされているが、文化の連続的な展開は解明されていない。
 呉城文化は良渚文化や石家河文化の崩壊後に二里崗文化の影響で抬頭したもので、高度な鋳銅技術や印紋陶を特色とし、盤竜城衰亡の原因を担ったとされている。出土品の多くには二里崗文化の影響が強く出ているが、豊富な印文陶や釉陶のほかに原始磁器も出土し、中国磁器の源流に再考を促した。また土器や鋳型に刻された符号の総数は170を超え、1点に12個を列記したものも出土している。標式遺跡の江西省宜春市樟樹県の呉城遺跡の規模は4万uに過ぎず、地域的な中心都市だったと考えられる。
 瑞昌市の銅嶺遺跡は銅鉱産地の1つとして中原でも重視され、1989年には吉安市の新干大洋洲商墓から大量の青銅製品が出土している。又、近年では王都址と期待される規模の都城址(61万u)の発見も報告されている。
▲新干大洋洲商墓
 1989年出土の、華北では殷後期にあたる呉城文化二期の大規模な墓。呉城遺跡のやや上流のかん江中流沿岸に位置する。両面神人頭像や大鉞に代表される、多数の青銅器や玉器を含む2千点近い副葬品が出土し、青銅製品486点中252点が武器類で、礼器49点の殆どに使用痕があり、こしきや一号方鼎など、同時代最大級のものも含まれる。造形美の点では絶品とすら評される伏鳥双尾虎や、従来は西周時代に鐘が変化したものとされてきた楽器のたんの出土など、中原文化とは全く異なる独特の造形や装飾によって、青銅器文化時代におけるは陽湖地方の独自性と重要性が再認識され、『尚書』に記された苗民の社会の原型とも指摘されている。出土した青銅器には先周文化の影響を示すものもあり、当時の中原のみならず渭河流域とも交流があったことを窺わせる。また玉器の加工水準は石家河文化や良渚文化に比肩する。
-----------------------------------------6に続く
 
 
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3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
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9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
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