実現論を塗り重ねてゆく
241271 ドラヴィダ人はシュメール人から派生しているのではないか?
 
田野健 HP ( 50 設計業 ) 10/11/26 PM10 【印刷用へ
ドラヴィダ人の起源についてネットで調べてみた。
「龍VS牡牛」リンクというHPに記述があったので現在のテーマに即した部分を抜粋して転載させていただきます。

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≪ドラヴィダ 〜インダス文明の担い手≫
考古学、言語学の最近の研究成果によって、インダス文字がドラヴィダ系言語であることはほぼ確定し、また、インダス文明の担い手もドラヴィダ民族ではないかと推論されている。
インド・アーリア民族最古の文献といわれる『リグ・ヴェーダ』にはドラヴィダ諸語からの借用が多くみられ、前八世紀以前にインド・アーリア文化に対するドラヴィダ文化の影響があったと考えられる。

≪ドラヴィダ人の起源≫
ドラヴィダ人は、現在南インドを中心に居住し、タミル語、カンナダ語、テルグ語、マラヤーラム語などのドラヴィダ語族の言語を話す。
その人口はインド総人口の約25%を占めている。

この民族の起源、インドへの移動時期・経路、また他民族との親縁関係については不明な点が多い。

今日の南インドには、形質人類学上、地中海型の特質をもつものが多いことなどから、地中海地方にドラヴィダ人の人種的な淵源を求める説もある。
ソ連、チェコスロバキアなどの言語学者の研究によれば、前3500年ころにイラン高原からインド西北部に移動したドラヴィダ民族は、やがて三派に分岐し、そのうちの一派が南インドに移住したと考えられる。

一方、フューラー・ハイメンドルフは、巨石文化が北インドにはほとんど存在せず、主として南インドに残されていることから、地中海地方から直接、海路によって南インドへ渡来したのではないかと説いている。

≪ドラヴィダ語≫
ドラヴィダ諸語の母音には、ア、イ、ウ、エ、オ、おのおのの長・短母音がある。類型的に膠着語の一種として分類される。
一方、シュメール語は周辺に同系の語族が見られず、孤立した言語と考えられているが、類型的には膠着語であり、母音は、ア、イ、ウ、エの四つである。

≪航海術≫
アッカドのサルゴン王の碑文に、「キシュの王シャルルキーン。かれは三四回もの戦闘を勝ち抜き、海の縁に至るまで[あらゆる]城壁を打ち毀した。メルッハの船、マガンの船、ディルムンの船をアッカドの波止場に停泊させた」とある。
シャルルキーンとは『竜の柩』のシャルケヌのことである。
サルゴンの興したアッカド王朝による交通・交易の要衝の確保は、アッカド市を広範な東西貿易の一大中心地たらしめ、アッカドの港には各地の船舶がひきもきらず停泊したという。

その中に、メルッハという名が出てくる。
これはインダス河口にあったのではないかと推測されている。

メソポタミアのウルでインダス文明のスタンプ印章が出土し、インダス文明の諸都市でメソポタミア文明に特有の円筒印章が出土すること、
また、黒壇の木、長い葦、山牛、孔雀、紅玉髄、黄金、銅、象牙、猿などの船荷からみて、メルッハの船とはインダスの船と考えられること、
などをその根拠とする。
メソポタミアとインダスの間で活発な交易活動が繰り広げられていたのである。

ドラヴィダ民族は、古来から航海術に優れ、海上交易を行っていた。
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上記から読み取れる事として以下の事をまとめておきます。

・インダス文明の担い手は推定ではあるが、ドラヴィダ人である。
・ドラヴィダ人はインド土着民ではなく移動してきた民族である
その起源は明らかでないが、5500年前にイラン高原から分派したとする説と地中海から来たという説があるが、地理的な条件から見て前者が可能性が高い
・ドラヴィダ語は膠着語でシュメール語と近似している
・インダス文明の担い手は航海術に長けており、メソポタミアと交易をしていた。

※以上からドラヴィダ人はイラン高原から流れてきた民族が、土着インドの民と混血し出来上がった民族と思われます。またその言語形態からシュメールと極めて近い民族であり、シュメールの交易民であるエラム文明の辺りから派生しているのではないかと思われます。

エラム文明⇒シュメールとインダスを媒介するエラム文明41257
 
 
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