否定脳(旧観念)からの脱却
241130 「性」に肯定的なイスラム教
 
西谷文宏 ( 33 建築設計 ) 10/11/23 PM00 【印刷用へ
>私たちが抱くイスラムの女性のイメージは、ベールをかぶって、肌も出せない=不便な生活を強いられているというものだったりしませんか。そして、そのようなイメージや一夫多妻制などから連想して、イスラムの女性は虐げられている(≒軽んじられている)という印象を多くの人がもっていると思います。ところが、実は、全く違う。そのような印象は偏見であるということを知りました。(214307

私もイスラム教に対しては、女性に対して抑圧的なイメージを持っていましたが、イスラム教における女性観を追求する中で、そのようなイメージは西洋(キリスト教)的価値観から見た、極めて一面的な偏見であることが解りました。

以下、「イスラムと女性」(リンク)より引用。
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クルアーンによれば、すべてのものは番(つがい)に創られ、夫と妻が慈しみ合うのもアッラーの徴にほかならない。

『大地から生えるもの、彼ら自身、そして彼らの知らないものもすべて雌雄に創り給うた方のいと尊きかな。』(第36章[ヤーシーン]36節)
『彼こそは一個の魂からおまえたちを創造し、そこから妻を造り、彼女の許に安住させ給うた方。』(第7章[高壁]189節)

『おまえたち自身からおまえたちのために同棲する妻を造り給い、おまえたちの間に情熱と同情の心を設け給うたのも彼(アッラー)の御徴のひとつである。』(第30章[ビザンチン]21節)

『おまえたちのうちの独身者、またおまえたちの男女奴隷のうち善良な者は結婚させよ。たとえその者が貧しくとも、アッラーはお恵みによって彼らを富ませ給うであろう。まことにアッラーは広大にして、あまねく知り給う。』(第24章[御光]32節)
『彼女ら(妻)はおまえたちの衣であり、おまえたちは彼女たちの衣である。…』(第2章[雌牛]187節)

「衣」の比喩は、夫婦のエロティックな関係を実に詩的に表現している。また、別の箇所では、妻は畑に譬えられている。
『妻はおまえたちの耕地である。それゆえ意のまま耕地に赴くがよい。』(第2章[雌牛]223節)

女を生殖のための道具とみなし、物質化し所有物化している、と目くじらを立ててはいけない。農夫は畑を精根込めて耕し、種を蒔き、日夜手を入れて慈しむ。ここには夫婦のほのぼのとした牧歌的なイメージがある。

(中略)

キリスト教には、霊的向上、神への奉仕にとって肉の営みは障害であるとみなす考えがあり(パウロ −「男は女に触れないにこしたことはありません。」[コリント第1−7:1]、「未婚者とやもめに言いますが、皆わたしのように一人でいるのがよいでしょう。」[同7:8])、そのように性を厭う宗教は必然的に女性を厭う傾向を合わせ持つが、イスラームには性を否定的に捉える傾向はまったくなく、むしろ、「結婚した者は宗教義務の半分を果たしたことになる」(アル=バイハキーの伝える伝承)という預言者(彼に平安あれ)の言葉が示すように、結婚は信仰生活の重要な一部であり、禁欲的独身主義の方がかえって悪とみなされている。
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この他、イスラム教の聖典には、以下のような性に関する教えや表現が多数登場する。

・ブハーリーの真正集(コーランに継ぐ規範集)によれば、ムハンマドは禁欲や去勢というものに対し否定的であり、いくつかのハディースで性欲を否定的に見る信者に対し、自分も神の使徒でありながら女性と結婚しセックスをしていること等を挙げながら、禁欲や去勢を戒めている
・ムハンマドは『天国では男性は一日100人の処女(フーリー)とセックスが出来る』と述べていたとされる。また、『われわれは天国で処女とセックスが出来るのでしょうか?』と問いかけた信者に対して、『もちろん出来る。そしてセックスが終わった後には、彼女は清らかな乙女に戻るのだ。』と述べたともされる。
(以上、ウィキペディアより引用)

イスラム圏独特のヒジャーブ(所謂ヴェール)に関しても、女性を「隠す」ことが本来の目的ではなく、大人の女性であることを象徴する衣装であると捉える方が正しいようであるし、コーランにおいて強制されている訳でもない。(参考:リンク

これらのことから解るように、イスラム教における「性」のとらえ方は極めて肯定的であることが解る。イスラム以前の遊牧部族は、母系制であったことが解っているが、イスラムにおける「性」に対する肯定性は、これら母系集団時代の名残を残していると考えられる。
(考えてみれば、コーランにおいて規範化されている一人4人までの一婦多妻制と言うのは、戦争圧力下における父系制転換の中で、女集団を(人工的であれ)残存させる方法論だったとも考えられる)
 
 
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