学校って、必要なの?
238988 師は「知識供給者」ではなく同化対象
 
山田孝治 ( 37 デザイナー ) 10/10/06 AM11 【印刷用へ
日本において、「先生」「生徒」と言う関係が、「教える」「教わる」という謂わば供給者と消費者的な関係になるのはいつからか、またそれ以前はどうだったのか。

例えば大工や職人等の伝統的な徒弟制は、基本的には業は「盗むもの」であり、師が懇切丁寧に教える物では無かったようです。当然、文字化されたマニュアルの様な物も存在しません。

しかし、このこと自体は別段驚くべき内容ではなく、体で覚える技術に関しては、今も同様と言えます。
例えばゴルフの上達本を読むより、プロのスィングを注視した方が上達する、と言うような感覚です。

一方、思想や学問といった観念体系においてはそうも行きません。

しかしながら、「先生」と「生徒」が明確に区分されるようになったのは、明治以降の教育改革からです。

それ以前の教育機関は庶民の「寺子屋」と藩士の「藩校」を両輪とした物であした。
どちらも地域共同体を基盤とした、外圧と役割に応じた柔軟な教育機関であり、師の立場もまた地域共認によって支えられていました。

明治政府の教育勅語による教育の全国画一化と教員の免許制はこうした地域共認の上に成り立った教育制度を崩壊させ、、現代の教育制度の基礎となります。

ではそれ以前は具体的にどうだったか。
師匠と弟子、先生と生徒という関係はむろんそれ以前からあった訳ですが、現代との大きな違いは、教師が「教育の専従者」か否かという点だと思います。
生徒にとって「師」は同化対象であり、故に師自ら外圧に対峙しているその姿勢が弟子を導く事となります。
師弟は一方的な供給者と消費者の関係ではなく、能力のヒエラルキーこそあれ同じ道を追求する同志である、という点が、現在の学校制度と大きく違う点ではないでしょうか。

例えば幕末期、多くの私塾が現れます。
緒方洪庵の「適塾」、吉田松陰の「松下村塾」、福沢諭吉の「慶應義塾」などが有名ですが、教育面においてこれらの私塾の「先生」と「生徒」の関係は今のように鮮明ではなく、お互いに切磋琢磨する追求者同志、という色合いが強かったようです。
あるいは「師」が最も追求力が高く、最も勉強していたのかもしれません。故にかれら「師」は弟子達にとってはその思想まで含め心酔する同化対象であり、文字通り「人生の師」となり得る人物達でした。

また、平安時代には紫式部や清少納言が皇族の「教育係」として参内していました。
しかし彼女達の関係もまた一方的な教師と生徒の関係ではなく、宮廷内に文芸サロンを形成して、そのやりとりの中でお互いが勉強し合う関係だったようです。


そう考えると、古代から明治維新までの日本の教育の形を見ると、弟子にとって師とは「追求者」であり「同化対象」であったと言えます。
その為には、師自らが外圧と対峙している事が必須条件であり、いわば「同化教育」と言っても過言ではありません。
これが、古来から日本人が身につけてきた「教育」だったのだと思います。

翻って今日のような、外圧と遮断され、教育専従者となってしまった「先生」は、生徒にとって同化対象となり得ません。
確か教師を分化専従とし、生徒に画一教育を刷り込む方が公立はよいのかもしれません。
しかし、子供達の同化能力や広い対象性の獲得を阻むこともまた事実だと思います。
 
 
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