日本を守るのに、右も左もない
226082 官僚制度の成り立ちと責任回避システム
 
Rivet16 ( 中年 会社員 ) 10/02/08 PM00 【印刷用へ
 官僚制度の成立過程を、時代とともに押さえている記事がありました。参考になると思い、引用させて頂きます。(以下引用)

官僚制度のなりたち 2/1
官僚制度のなりたち 2/2
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1.改革の萌芽
 官僚制度は伊藤博文がプロイセンの中央集権国家体制を導入して骨格がつくられたというのが定説となっている。その官僚制度の聡明期である明治初期(1868年〜)薩摩と長州を中心とする藩閥政府で役人による大腐敗が起きていた。「薩長土肥」の一角、肥前佐賀藩出身の「江藤新平」初代司法卿(法務大臣)はその大腐敗の摘発に乗り出した。
 江藤は民間人が政府の不当行為を訴える「行政訴訟」の法制度をはじめ法体系の整備を行った。また長州の山縣有朋(陸軍次官)が関与したとされる山城屋事件や井上馨(大蔵次官)が関わったとされる尾去沢銅山事件などの汚職を追及、役人を処分した。
 しかし、江藤は特権維持を堅持する藩閥官僚の勢力に足を引っ張られ失脚してしまう。司法卿を辞任したあと「佐賀の乱」の首謀者として処刑された。これがひとつめの転換期であった。(中略)

2.ふたたび腐敗の時代
 「佐賀の乱」の鎮圧にあたったのが維新の三傑の一人「大久保利通」であった。遣欧師団で欧米の国家体制を視察した大久保は日本が列強に対抗するには中央集権体制が急務だと考えて1873年「内務省」を創設。初代の内務卿(注)に就任する。この内務卿が腐敗を促進させる。

(注)内務省;当時の内務省は司法省から検察権を移して全国に操作網を張り巡らし各県の知事(官選知事)の任命権から鉄道の通信まで所管するなど強大な権限を握っていた。官僚制度の中心であった。

 大久保は1878年馬車で帰宅する途中「有司専制(官僚制度の意味)」に不満を募らせる刺客に襲われ暗殺される。が、その後後任は伊藤が就く。
内務省は省内で絶大な力を誇ったため、官僚腐敗を促進する中核的存在であった。これはGHQが1947年に解体させるまで続く。(中略)

3.腐敗官僚制度完成
 まず当時の官僚制度の大まかな説明をする。高級官僚(高等官)は3つに分けられる。
@「親任官」(大臣など)
A「勅任官」(次官、局長、知事など)
B「奏任官」(課長・書記官)だ。

 試験による選抜は一番下の「奏任官」で、他の二つは自由任用だった。さて大隈が首相に就任(1898年)し初の政党内閣を組閣すると各省の次官、局長クラスを民間から登用するアメリカ型の「政治任用制度(注)」を採った。
 しかし、大隈が退陣し山縣内閣ができると文官任用令を改正してしまい「勅任官」は「文官試験合格者の奏任官から登用すると改められる。結局、改革の芽は山縣により簡単に潰されてしまう。このようにして山縣により国家公務員試験に合格した官僚が年功序列で各省の幹部と出世する「官僚王国」の下地ができたわけだ。
(注)政治任用制度:政権政策を誤って民意を失い退陣すれば政策を立案した各省の幹部も連帯して失職するというもの。アメリカではポリティカル・アポイントメントと呼ぶ。政権交代のたびに課長以上の幹部が一斉に交代し3000人以上の官僚が新たに任命される。

4.戦前の陸海軍の官
 軍内での官僚制度はどのようであっただろうか。軍の高等官には文官と武官があった。武官は陸軍士官学校・海軍兵学校を卒業して将校になると「勅任官」になる。少佐と中佐は「勅任官」大将は「親任官」となる。このような感じ。文官とおなじく改正文官任用令によって当然のように軍官僚は作戦失敗には何の責任もとることはなかった。責任規定のない国家権力、これが官僚の実態であった。
(中略)

 軍人官僚を保護したのが改正文官任用令であるが、もうひとつ大きな悪しき「しくみ」がある。「統帥権」である。「軍令について軍部が輔弼するとの慣習」により、政府も議会も軍に口を出せなくなる。これにより軍事作戦の失敗責任を問われない繰返しが起きてしまったのだ。

5.戦後わずかな転換期
 1947年の米軍占領下、片山内閣は国家公務員法を改正する。かつて大隈重信が目指した「政治任用制度」の導入を目指したのだ。大隈時の程の大改革ではないが事務次官を大臣と同じ「特別職公務員」として、政権の交代のたびに入れ替わるようにした。
 ところがGHQの要請で、その制度を反対、官僚組織を温存するように以前の体制に戻される。これは日本の官僚組織は占領軍が国民を統治するのに非常に便利なシステムだったからだ。「占領政策に協力しさせすれば制度の生き残りを保証する」と官僚たちにちらつかせれば、必ず従う。政権交代におびえるのは誰もいやだ。こうして政治家が勝手に官僚を辞めさせることができない制度が、戦後もつづいた。

6.さらなる責任回避システム構築
 戦前、戦後の官僚制度をみてきた。現在ではこの悪しき制度をさらに固める責任回避システムが出来上がっている。決算書類だ。役所の決済書類には担当者、課長補佐、課長、審議官、局長などの判子がたくさん押してある。不祥事が起きたときに責任追及しようともだれが決定を下したのか絞ることのできないようにするためだ。立案した官僚の名前は絶対残らない。それを実施するのが大臣となる。このようなシステムをつくることで、さらに保身を確実なものとした。(引用終わり)
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