私権社会の婚姻制
225548 日本人の一対婚規範の背景には下級武士の規範意識がある?
 
2U 10/02/01 AM01 【印刷用へ
現代の日本人にとっての婚姻観は一夫一婦制(一対婚)が強く残っている。人類史を紐解けばこの制度が近代特有なことは明確になるし、日本の近代史をとってみても夜這い婚など、おおらかな風習が昭和の時代まで残されていた。
ではこの一夫一婦制の婚姻観の絶対性がどのように定着していったのだろうか?

「武家の真似事ということを忘れるから婚姻制度でもめる」より引用紹介する。
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>婚姻問題の本質を理解するには、そもそも日本には一夫一婦制の婚姻制度が存在しなかったということを理解する必要がある。
江戸時代に人口の9割を占めた農民の婚姻形態は本質的に多夫多妻制であった。
貧しさなどを理由にひとつ屋根の下に男女がひとりずつ住んでいたこともあったが、財産は夫婦で独占できず村の共有財産であり、子供の養育義務は村にあった。
住民に確たる貞操義務を課す宗教もなかった。
村全体が、現在の日本の夫婦の機能を持っていたのである。
日本人全員に確定された苗字が与えられたのは明治23年からで、それまでは「○○村のゴンベエ」という呼び方をしたり、その時々で都合よく勝手な苗字を名乗っていた。

>そんな日本も列強国に近代化を迫られ、一夫一婦制の婚姻制度を導入することになる。
「近代化」と言えば進歩的な響きがあるが、これは実質的に「キリスト教化」である。
「天皇システム」を「キリスト教的」に変形し、社会全体をキリスト教圏の国と同型に改造することが、明治の近代化だったのである。
一神教に関わる社会理念については天皇を神の位置に据えることで、近代化は完成した。
しかし、庶民の「家族」を定義することが上手くいかない。どちらかが死ぬまで貞操義務を持つ一対の男女と、その両者のみが扶養義務を持つ子供からなる家族である。
なぜなら、日本には、庶民に一夫一婦制を義務付ける宗教がないからである。

>天皇や将軍は一夫多妻であるし、神道では神様は多夫多妻で複数の巫女と交わっていたし、仏教に至っては僧侶自身が仏教教義を破壊し婚姻していた。
江戸時代にも、キリスト教もあることにはあったが、日本に伝来していたキリスト教は正確にはマリア信仰でありカトリックをさらに聖書からさらに遠ざけた宗教である。
これでは一夫一婦制の家族ができたとしても、法律の押し付けや貧しさやその場だけの熱情であるため、近代国家が想定する社会の構成単位に耐えうる家族にはならない。
法律の押し付けだけだと戦争で国家危機になったら勝手に家族を捨てられるし、裕福になったらいくらでも妾を持つようになるし、パートナーに飽きたらさっさと離婚してしまう。
人生を長く拘束する契約には、「法律」や「人間の情」という存在から遠く離れた規範が必要なのである。


>では、日本には死ぬまで一夫一婦制を貫くという規範を持った人々はいなかったのか?
実はいた。それは下級武士である。
武士でも身分が上の方になると平安な天下国家を長く存続させるという儒教的大義名分の下に妾をたくさん持っていたが、下級武士は一夫一婦制を貫くことを規範としていた。
下級武士にとっての最善は生涯セックスをしないことであり、次善は一人だけとセックスすることであった。

では、なぜ下級武士は一夫一婦制を守ることができた、あるいは、守らざるを得なかったのだろうか?
それは、禅の思想が根底にあるという見方もできるが、実務的には婚姻の契約形態にある。
武家の婚姻は、男と女の、つまり個人対個人の契約ではなく、家と家との契約である。
家と家との同意により、家と家が契約するのが武家の婚姻である。
家に迷惑をかけることができない、だから一夫一婦制という規範を守らざるを得ないのである。
このような婚姻形態で隠し子など発覚しようものなら、恥や外聞もあるが、なにより家督の相続順位がスムーズに行われず、場合によっては一族全員をまきこんだ戦争になりかねない。
(逆に、恥も外聞も相続もある程度自分の自由にできる上級武士が妾をたくさん持ったのは当然ともいえる。)

現在の日本の婚姻制度は、この下級武士の婚姻を道徳的規範として構築された。民法はそれを法的規範として補佐した。
姓名が大切にされるのはもちろんのこと、どちらがどちらに家の出入りしたのかを記載する戸籍が重要視されるのはそのためである。
これらをふまえると、夫婦が離婚すべきでない道徳的な理由は、究極的には「家に迷惑がかかるから」ということになる。

つまり、日本人には、「家」という概念がなければ、婚姻についてまったくモラルがないのである。
「家」という概念に無頓着な日本人が生涯一夫一婦制を貫いたとしても、それはただ単に「相手や子供がかわいそうだ」とか「法律上、離婚の方が面倒くさく不利になるから」という一過的な理由でそうなっているだけに過ぎない。
子供を扶養する必要がなくなって、相手が嫌いになって、法律上は離婚しても不利にならなくなった人が簡単に離婚してポコポコ子供を作りまくるのが日本人なのである。
少なくとも、日本には、それを非難する道徳的根拠がないのである。
欧米の保守派なら「神との契約を破るな」ということになるが、日本人は「当事者が同意すればいい」「一夫一婦制の方が不条理だ」ということになる。

---以上引用

日本の一対婚観念を大きく規定したものが、明治以降の近代化観念=キリスト教観念と、下級武士がもっていた「家」観念であったと分析している。
ユニークなのは後者の下級武士がもっていた「家」観念と思想の下敷きになる「禅」の思想との関連。

「下級武士にとっての最善は生涯セックスをしないこと」とあるように、婚姻や性は禁欲的生活にとっては忌避されるものと考えられていたのではないか。その上に、家観念(=私有意識と規範意識)が塗り重ねられ強固な一対婚規範が形成された。
男女の充足や充たしあう関係というよりも、婚姻は(特に男にとっては)規範を守るために必要なものであり、自己を修行・鍛錬のために最小限の相手と婚姻関係を結ぶための儀式であったと推測される。

この意識は現代でも男性の結婚観としては深く根付いているとも考えられる。
そして現在のセックスレス現象は、家観念(=私有意識と規範意識)の崩壊と合わせて、経済不安→自己を修行・鍛錬する意識(仕事収束・スキル収束など)の加速が関連しているのではないか。
 
 
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