共認運動をどう実現してゆくか?
208196 紙と映像の違い?
 
越見源 ( 45 都市計画 ) 09/06/05 PM04 【印刷用へ
>つまり、ネットは人類に与えられた新しい“まつり”の場であり、人類最大の共認充足の場となるべきものなのである。(9561「共認革命10 新しいまつりの場、それがネットであり、統合サイトである」)

先日5/31の「なんでや劇場」・・・「金貸し→特権階級の暴走どうするA 〜社会共認のゆくえ〜」では、新しい“まつり”場=社会統合の場としてのインターネットについて、そもそも目が疲れる、同じ文字でもパソコン画面上の映像とプリントアウト(ペーパー)では頭への定着度に差がある(映像の場合は思考停止する)・・・などの欠点や、やはり対面での共認が不可欠では?・・・などの視点が提示された。

これらについて、特に映像のもつ欠陥についてサロンで議論してみた。


■映像とペーパーの違いって?

画像だろうがペーパーだろうが文字自体の見た目は変わらない・・・しかし、確かにパソコン画面は紙に比べて頭に入ってこないように感じられる。・・・なぜか?

これらの圧倒的な違いは、脳がキャッチする情報量(刺激≒外圧)の違いではないだろうか?
例えば・・・・

・印刷された紙や本といった媒体は、当然だが手で触れることができ、無意識下で手触りや陰影を感じ取り、ページをめくる・書き込みをするなどの肉体的な行為とも相まって、観念機能だけでなく本能機能も働いている(刺激を受けている)感があるのに対し、マウス操作によって画面に映し出される文字は、非常に抽象的で均質な記号として認識され、観念機能しか働いていないように感じる。
・・・脳内にタコツボ化してる感覚。リアリティが薄い→紙にプリントアウトしてはじめて、自分の外部に存在するモノとして「客観視」できる感覚。

・ 例えば、CADを使って何らかの図面を作図するケースを思い出してみても、CADでいきなり描ける人はいない。(描いても上手くいかない。)
まずは、手書き=肉体(本能)を使って感覚的に空間の広さなどを感じつつ、手からの情報のフィードバックも含め、徐々に情報が蓄積され、スケッチとなっていくのに対し、CAD上での作業は、“数字”という観念のみを使っていると感じられる。

・また、パソコン画面ではないが、例えば、授業の際、黒板にチョークで書かれた文字と、プロジェクターで映像化されて映し出される文字では、黒板の方は、書き手の動作、薄汚れた黒板、チョークの音、飛び散る粉・・・など、複雑な情報を観念機能だけでなく、共認・本能機能も駆使して対象化しているのに対し、プロジェクターの映像の場合は、同じ手書き文字でも非常に無機的・抽象的で、観念機能以外はあまり使われていないと感じられる。

・「青空や山々を背景とした花」といった光景を思い浮かべてみても、実際は背後の空や山との遠近感や、光の量の違い、更には風の動き、草花のざわめき・・・など、複雑かつ多様な情報がインプットされるのに対し、パソコンの画面に映し出された映像の場合は、遠近感もなく、光の量も画面全体に均質であり、一見同じように見えて情報量は圧倒的に少なく、一種の記号として観念機能以外はあまり使われていないと感じられる。
・・・いかにCG技術が発達しても、自然界の存在の情報量には遠く及ばない。


つまり、パソコン画面の映像となった途端に、元々の対象の有していた情報量は大幅に削減され、無機的、均質、単調、平板な記号に変換され、受け取る側もせいぜい観念機能しか使えなくなる(本来は本能、共認、観念全回路を総動員して対象を捉える)・・・これが“思考停止”の原因であり、一見同じように見える文字も、画面とペーパー上の活字では、情報の定着度が全く異なってくるのではないだろうか。

だとすれば、ネットの持つ時空を超えた情報蓄積力を利用しつつ、実際の認識形成は、ペーパーを元に、皆とやりとりしながら行い(本能、共認回路も作動する“やりとり”こそ人類本来の思考法)、得られた気付きをネットに発信することで、情報が塗り重ねられ、万人の利用が可能になる・・・

・・・こんなイメージではないかと思った。(≒やはり「ネットサロン」が近い?)
 
 
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