日本人の起源(縄文・弥生・大和)
199004 倭国と任那の関係を書紀より読み取る
 
田野健 HP ( 48 設計業 ) 09/02/05 AM01 【印刷用へ
邪馬台国の所在を緻密に追及したHP「一大率・難升米の読み方と白日別。の意味」の中に書紀の記事について分析をした部分があったので紹介させていただきます。リンク

下記表は日本書紀における初代神武(じんむ)天皇から第24代仁賢(にんけん)天皇までの記述の内、朝鮮半島との外交記事を大和朝廷にとって友好的記事か敵対的記事の記述数を調べたものである。

大和朝廷の前身は邪馬台国とすれば、書紀に書かれたこの時代の記述の傾向は邪馬台国と朝鮮半島の関係である。(HP作者の意見)

    友好的記事/敵対的記事/その他の記事
新羅     7  /14/   4
百済    21  / 3/  13
高句麗    6  / 3/   5
任那・加羅  8  / 0/   6

(ア)大和朝廷は新羅とは敵対的な記事が多い。(14件)
(イ)大和朝廷は百済とは友好的な記事が多い。(21件)
(ウ)大和朝廷は伽耶諸国とは友好的な記事が多い(8件)だけでなく、その内の5件は伽耶が特別な関係であったことを思わせる記事である。(敵対的記事は0件である)

つまり、大和朝廷の前身・邪馬台国は、新羅の前身・辰韓地域と敵対的なことが多く、百済の前身・馬韓地域とは友好的なことが多かった。そして、邪馬台国は伽耶の前身・弁韓地域とは特別に友好的であったことが推測できるのである。

★伽耶(加羅)が倭国と特別な関係であったとする5件の記事も併せて紹介しておきます。

・神功皇后摂政紀49年3月条
軍勢を派遣して百済とともに新羅を討って、加羅の7国を回復した。忱彌多礼(とむたれ=済州島)を百済に与えた。百済王は毎年春秋に日本に朝貢することを約束した。

・雄略紀7年是歳条
天皇は、吉備(きび)の臣(おみ)田狭(たさ)を任那国司(みまなのくにのみこともち)に任命し、田狭が留守の間に彼の妻をお召し上げになった。田狭は恨んで新羅に通じた。その頃、新羅と日本は不和であった。
天皇は新羅討伐に田狭の子を差し向けられた。田狭の子は百済までいったが父を討つのを止めた。百済が献上する才伎(てひと=技術者)は日本に連れて来られた。

・雄略紀8年2月条
新羅国は日本に背いて8年の間朝貢してこないばかりか、国を高麗(こま=高句麗)に護ってもらうことにした。高麗の軍人の一人が、使用人である馬飼の新羅人に「お前の国は、そのうち我が国のものになるのだ。」と話した。新羅王がそのことを聞いて高麗と戦争になった。
新羅は劣勢であったので、任那の王に使いをやり「日本府(やまとのみこともち)に援軍をだしてもらいたい。」と頼んだ。
任那の将軍は、高麗を追い払った後で新羅に言った、「今後、日本の朝廷に背くことの無い様に。」と。

・雄略紀21年3月条
天皇は百済が高麗に敗れたと聞いて、任那国の別れの地・久麻那利(こむなり)を百済に割譲してお助けになった。

・顕宗紀3年是歳条
日本の将軍・紀生磐宿禰(きのおいわのすくね)は任那を我が物にして高麗と通じ、任那の臣たちと組んで百済と戦った
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書紀からも任那と倭国は軍事協力関係であったことが伺える。
 
 
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