もはや学校は終っている
183345 学力低下をどうする?  (寺子屋を通じて)
 
酒井俊弘 ( 42 会社員 ) 08/08/15 PM01 【印刷用へ
表題の「学力低下をどうする?」のお題を露店で聞きました。
教育の歴史を、江戸時代の寺子屋から明治時代の西洋教育及び最近の文部科学省のゆとり教育と遡りながら学力低下問題の構造を鮮明してゆきます。

今回は初めの寺子屋とはどんなものだったのか?を
国際派日本人養成講座:花のお江戸はボランティアで持つ
リンク
の抜粋を使いながら紹介したいと思います。長いですが一読をお願いします。

以下引用
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■2.群を抜く教育水準■

 専門家の推定では、幕末の嘉永年間(1850年頃)での江戸で
の就学率は、70〜86%。これを以下のデータと比較してみよう。

  ・イギリス(1837年での大工業都市) 20〜25%
  ・フランス(1793年、フランス革命で初等教育を義務化・
   無料化したが) 1.4%
  ・ソ連(1920年、モスクワ)20%

 江戸日本の教育水準がいかに群を抜いていたかが分かる。なぜこ
れだけの差がついたのか、単に物質的豊かさだけなら、産業革命に
成功し、7つの海にまたがる広大な植民地を収奪したイギリスの方
が、はるかに有利だったはずである。その秘密を探ってみよう。


■3.お師匠様はボランティア■

 当時の江戸には、1500余りの寺子屋や塾があった。幕末の全
国では、1万5千にものぼる。僧侶や神官、武家、農民などが運営
していたもので、幕府は直接的には一切、関与していなかった。こ
れらの人々が自宅などに、10人から、大きいところでは100人
程度の生徒を集め、読み書き、算術、地理、さらには、農業用語や
漢文まで教えていたという。現在で言えば、正規の小中学校がなく、
すべて町中の書道教室や学習塾のようなものだけだったと想像すれ
ば良い。

 面白いのは、たいていの塾は、武家や僧侶、農民など、他に収入
のある人達がやっているので、授業料などは生活の足し程度でしか
なかったという点だ。生徒は「お志」として、都市部では多少の金
品や菓子折り、農村部ではとれた野菜などを届ける程度であったと
いう。現在なら、年金だけで食べていける定年後のお年寄りが、地
域への奉仕として、子供達を教える、というような形である。今流
に言えば、ボランティア活動であった。

 それでは、なぜ全国で1万5千もの塾ができる程、大勢のボラン
ティアの先生がいたのだろうか。それは、先生になると、たとえ身
分は町人でも、人別帳(戸籍)には、「手跡指南」など、知的職業
人として登録され、生徒には「お師匠様」と尊称で呼ばれ、地域で
も知識人、有徳者として尊敬された。優秀なお師匠様は将軍に直接
拝謁して、お褒めの言葉をもらうこともあったという。

 お師匠様たちは物質的には豊かでなくとも、近隣の人々に感謝さ
れ、尊敬されるという精神的な価値で十分満足できたのである。

■4.理想のマン・ツー・マン教育■

 もちろん、実力や人格に問題のある先生もいたであろう。しかし、
狭い地域内に、幾人かのお師匠様がおり、生徒は自由に選べるので
ある。現在でも、町内でどこの塾が良いというようなことは、評判
ですぐ分かる。つまらない人間が金目当てに塾を開業しても、生徒
は集まらない。生徒とその親から見れば選択の自由、そして塾どう
しで見れば、競争があったのである。

 子供達は、親が見込んだ先生、それも地域で尊敬される師匠につ
いて、何年にもわたって読み書きから、専門知識まで学んでいく。
いろいろな年齢の子供達が一つの部屋で机を並べ、それぞれの進度
で、師匠の指導を受けながら学んでいく。師匠には、一人一人の子
供の個性や能力がよく見えたであろう。それぞれの生徒に応じた指
導ができたはずである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
引用終わり

上記から江戸の教育水準は世界でも群を抜いて高く、又それを支えていたのは本職を持つボランティアの先生だった。そしてその先生の町での役割は「手跡指南」と制度的に確立され、且つ実態は町の「お師匠様」であり、その評価は将軍に拝謁出来るひとも含めてヒエラルキーはあった。

ポイントは本業があるので本来あるべき教育を「儲けを度外視」して考えられる。又、お師匠様は庶民から選ばれてかつ将軍の評価も含めてその時の制度からも評価もされる。教育の質の高さが多方面からはかられる環境だった。

その評価を見て庶民は自分の子供を全幅の信頼を置いて託す。この評価は皆の評価であり、その結果が町の「お師匠様」なのだろう。
引用投稿には7000種類の教科書の存在が記載されており「お師匠様」の熱意が感じられます。当然、御手製の教科書を使っての指導には無駄も無いでしょうね。

まとめると、国(幕府)は教育を奨励し励ます程度で町自体が自らの評価を羅針盤に教育を考え実現してきた。その中核は本業を持つお師匠様であり、意識を縛るものはなにも無くひたすら庶民の教育に腐心する人だった。これを庶民は評価し子供を託す。その評価に答えるべくお師匠様は更にがんばる構図がある。

これって正に、期待応望の世界です。
子供と親及び先生の笑顔が目に浮かびます。教育とは町(皆の意識)で人を創ることを指すのでしょうね。
 
 
 
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