市場の支配構造
159120 日銀はロスチャイルドが作った@
 
国道12号 ( 20代 ) 07/08/16 PM11 【印刷用へ
日本銀行設立とロスチャイルド家とのつながりについて、参考なる記事があったので紹介します。

以下「日本人が知らない恐るべき真実」より要約
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・○幕末・明治維新とイギリス系銀行の暗躍
1853年(嘉永6年)に米海軍提督ペリーが来航、その数年後に日本は開港した。開港によって、外国商人が進出すると同時に金融機関である銀行も日本で商売を始めることになる。

日本開国の緒を開いたアメリカはその後自国の内戦(南北戦争)に追われ、日本での経営に手が回らなくなり、代わりにイギリスの銀行活躍するようになる。

イギリス系銀行のもとには、ジャーディン・マセソン商会やグラバー商会などの貿易商社があり、のちに維新政府の中心となる薩摩藩や長州藩に最新式武器の売買の便宜をはかった。また、見込みのありそうな若者を留学生として自国に送り出し、親イギリス派教育を施し、その後留学生たちは藩内で権力を持ち始め、藩全体が親イギリス派となった。

○国立銀行の設立
1872年(明治五年)、「国立銀行条例」によって日本で初めて銀行が設立(国立銀行の設立)。
銀行設立にあたっては、前年の1871年(明治四年)に「岩倉使節団」が派遣され、維新政府の要職、岩倉具視、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文を始めとする48名が北米、次いで欧州へ派遣された。この制度を導入するにあたって、イングランド銀行を範とする中央銀行制度を提唱する当時の大蔵少輔吉田清成は、伊藤博文と銀行制度をめぐって論争している(このときは伊藤が勝って上述のアメリカ型国立銀行の設立となった)。

「国立銀行」とは、政府から許可を受けた民間の商業銀行のことであり、あくまでも民間の銀行である。また、独自の紙幣を発行する特別の許可を受けており、政府から公債を購入し、それに相当する銀行券を受け取る仕組みである。ただし、この頃の銀行は一つの銀行が貨幣発行権を独占するのではなく、多数の銀行がそれぞれ紙幣を発行していた。

中央銀行制度はアメリカでも建国当時から検討されていたが、第三代大統領トーマス・ジェファーソンおよび第七代大統領アンドリュー・ジャクソンによりそれぞれ却下されており、日本に輸入された国立銀行制度も「反・中央銀行」政策であった(その後アメリカでは1913年に連邦準備銀行を創立)。

○国立銀行の目的
当時、日本には政府の発行した太政官札や民部省札という不換紙幣が流通していた。銀行はこれら不換紙幣を大蔵省に引き渡す代わりに公債を受領し、それにより銀行紙幣を発行できる仕組みである。つまり国の借金である公債によって、不換紙幣を償却することが国立銀行設立の目的であった。

○その後の銀行の発展
日本で最初の銀行は第一国立銀行であり、アメリカのファースト・ナショナル・バンクを真似たものである。
その後国立銀行は三年間のうちに第百五十三銀行まで設立され、許可が停止された。

一方で、旧両替商からそのまま私立銀行が設立されるのもこの頃からである。三井は1876年(明治九年)に第一国立銀行に出資するのと並行して三井銀行を発足させている。三菱銀行の前進、三菱為替店が設立されるのも1880年(明治十三年)である。

第一銀行が、その後日本勧業銀行と合併して「第一勧銀」となり、現在の「みずほ銀行」の母体行となる。それに三井銀行と三菱銀行がそれぞれ現在の「三井住友銀行」と「三菱東京UFJ銀行」である。現在のメガバンク体制の原型がすでにこの時期にみられるのである。

横浜正金銀行は大隈重信のもとで1879年(明治十二年)に設立された。死蔵されている正貨(正金、ゴールド)を市中に動員して銀行紙幣との兌換を可能にし、不換紙幣を償却するのが目的であった。

しかし、兌換するための正貨が当時の日本には絶対的に不足していたため、大隈は外債によって正貨を調達しようとしたが、国内世論の反発を招いて廃案。

大隈案に代わって、横浜正金銀行は「直輸出金融機関」へと変貌した。これは三井などの輸出企業のための国際決済を行なう機関である。横浜正金銀行はその後、日銀設立後は日銀の海外出先機関としての機能を果たすことになる。日本の海外進出が拡大するにつれて業務を拡大していったが、第二次大戦後に閉鎖され、東京銀行となった。

人事の面からも、横浜正金銀行の頭取から日銀の総裁という慣行があり、これが日本で最高の出世コースであった。高橋是清と井上準之助がこのコースを通っており、ともにその後大蔵大臣を務めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく
 
 
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