<前提>
・弓矢の発明を発明した人類は、その防衛力獲得によって、夜の密漁から昼間の狩りへと食糧確保の手段を移行させることができた。
・弓矢と集団での狩りによって、猛獣をも撃退した。この勝利体験を積むことで、洞窟から脱出できると確信。
・とうとう洞窟から出て地上で生活。地上生活を通じて、自然観察を重ね、知能も更に進化。土手や柵・堀を作って安全な住居も作った。
@採取生産のはじまり
・地上での生活が可能になった人類は、豊かな山野に進出し、木の実や果物などの食料を採集するようになる。
→弓矢を持った男たちが防衛する(狩猟もするが、獲物は少ない)安全域で、女たちが主要な食糧を採集。
→これが、食料確保という課題に沿った男女の役割分担。
→こうして、食糧の過半を女が採ってくるというのは、外圧の強い極限時代には考えられなかったこと。すごい進化したことを表している。
→採取部族の女たちは、皆=集団の期待(食糧の採取という役割)に応えて、よく働いていた。
→漁労・狩猟と採取生産によって食料の安定確保が実現。集団規模も次第に大きくなっていく。
→この比較的豊かな採取生産の時代に、人類の共同体性質は醸成されていった。
A農耕のはじまり
・採取生産をしていれば、当然、植物の種類や植生を緻密に観察。
→種を湿った土の上で植えれば直に草が生えることは簡単に発見できた。
→美味しかった木の実の種をまいておいたり、採集しやすいように雑草を抜いておいたり、原始的な農耕は、採取生産時代に少しずつ行われ、栽培技術も少ずつ蓄積いていた。
・やがて、ヤンガードリアス期の13000〜11000年前頃、地球規模で急速な寒冷化。森林が減退。
・採取食料、狩猟食料の不足という決定的な圧力にさらされた。
・そして、とうとう深刻な食糧不足に陥り、食料生産=農耕を開始。
→大河があって土地が肥沃な地域では、本格的な農耕に移行。麦や稲などの穀類の栽培が始まる。
B牧畜のはじまり
・狩猟生活をしていた頃から、動物をひたすら観察していた人類は、動物の習性等の知識を十分蓄えていた。
・同じくヤンガードリアス期の森林の減退により、人類だけでなく他の動物も、川や湖などの水源周り定住地域を移す。つまり人類は、他の動物とも接して生活するようになる。
→人類は、最初は獲物を殺して集めていた。やがて、捕獲してから殺す、捕獲後すぐに殺さずつないでおく、といった過程の中で、動物の生態をさらに熟知。
→そして、群れを囲いの中に閉じ込め管理することが可能であると気付く。
・農耕(栽培)からやや遅れること10000年前頃、西アジア(ヤギ、ヒツジ、ウシ、ブタ)や長江流域、黄河流域(スイギュウやニワトリ)で牧畜が開始された。
・農耕(栽培)、牧畜の開始により安定した生産力を確保した人類は、それ以降、集団規模、人口とも飛躍的に増加させていくこととなる。
C数百万年にわたる知能進化が生産様式の転換を可能とした
・実は、人類は好き好んで農耕牧畜を始めた訳ではない。
→農耕は時間の掛かる生産様式。採取生産が可能であれば、あえて農耕をする必要はない。初期農耕も、あくまで食糧確保の補助手段でしかない。
・寒冷化→食料の不足という絶対的な圧力がなければ農耕も牧畜も始まらなかった。
・しかし、いざ自然圧力にさらされて、農耕牧畜に移行することが可能だったのは、自然を観察・注視し続ける中で、自然現象の仕組み、植物、動物の生態などを把握してきたからこそ。
・つまり、洞窟から出てわずかの期間に農耕・牧畜を可能にしたのは、数百万年にわたる人類の知能進化のおかげだった。 |
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