古代社会
133601 メソポタミア文明の交易品について(1)
 
匿名希望 06/10/08 PM06 【印刷用へ
メソポタミアは、チグリス川とユーフラテス川の間の沖積平野であり、過去のペルシアの一部、現在のイラクにあたる。メソポタミア文明 はメソポタミアに生まれた文明を総称する呼び名で、世界最古の文明。文明の初期の中心となったのはシュメール人。多くの点で、メソポタミア文明はヨーロッパ文明の基礎となっていると言われている。

地域的に、北部がアッシリア、南部がバビロニアで、バビロニアのうち北部バビロニアがアッカド、下流地域の南部バビロニアがシュメールに分けられる。南部の下流域であるシュメールから、上流の北部に向かって文明が広がっていった。

古代市場の実態を知る上で、メソポタミア文明の交易品について調べてみた。以下、引用。リンク  

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 一般に、古代オリエントは多数の人々を扶養しうるほどの灌漑農業を発達させたが、それ以外では粘土とアスファルト(瀝青)があるにとどまり、材木や石材、鉱物は不足していた。特に、支配層が必要とする貴石や鉱石は遠隔地から手に入れるしかなかった。(中略)初期王朝時代のシュメールは、ウバイト後期(-前3900頃)からウルク期(-前3400頃)にかけて文明が発達した。【中略】

 大貫良夫氏は、時期を特定していないが、メソポタミアの輸出品を彩色土器と農作物とした上で、輸入品について、その産地を図示しながら、次のようにまとめている。「山岳地帯のフリントや玄武岩、木材、金・銀・銅・錫の鉱石、その他宝飾細工用の紅玉髄、ラピスラズリ、トルコ石、瑪瑙、水晶、硬玉、緑柱石、閃緑岩、滑石、蛇紋岩、象牙、海産の貝などがあり、紅海、アラビア、レヴアント、アナトリア、イラン高原、そしてザグロス山地など、極めて広くかつ遠方の諸地域との交易が盛んであったことがわかる」。

 それらのうち、海上交易品はインド洋からの象牙、木材、紅玉髄の一部、そしてペルシア湾産の真珠や貝、銅、閃緑岩である。そして、「メソポタミアでの生活はこうした交易なしには成立しえない。メソポタミアでの社会発展は西アジア全域にわたる交易活動を刺激し、各地の社会もまた変化したであろうし、メソポタミア自体も交易の組織化、輸入品の分配をめぐって社会的な変化が進んでいったにちがいない」と述べている。

 ここで注目すべきは、当時の先進国が交易にあたり、穀物や土器を支払い手段としていることである。これら交易品をみて明らかなことは、そのほとんどが威信財となる奢侈品であり、玄武岩や木材とて神殿や装飾石版の素材であった。したがって、「南メソポタミアでは神殿の大経済の周辺に結集した支配階級、なかでも王とその一族が遠隔地交易の主要な発注者となった」ことは見やすいことである。

 シュメールの国家は、神殿の組織や経済力が圧倒的であったことから、商業的神政の国家ともされてきた。神殿は、喜捨や租税によって大量の穀物を集積し、土地を開拓や購入して農業を営み、また工房を開設して工芸品を生産した。神官とともに、豪族も育っていった。こうした階級社会の形成とともに、対外交易が行われるようになった。

 この対外交易は、必需品も輸出入されたであろうが、次第に奢侈品の取得が目的となっていった。その点について、吉田隆氏は、「輸入では、まず金属が主要目的物で、そのほか石材、木材等であり、その対価として穀物、加工品、魚類(干物?)等が輸出された、と考えてよかろう。主たる輸出入の対応は金属と敷物であり、取引主体の神殿は金属を輸入独占し、その対価たる穀物は人民からの納入(奉納、年貢、買入など)によったであろう。かくして国内的には神殿はやがて人民から穀物を買い、人民に金属を売る、という形をとり、この両者は貨幣的性格を帯びるに至る(後には穀物と銀の複本位制を採る)」としている。
〜引用終わり 
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農業が盛んなこと以外、ほとんど産物が採れなかった(粘土とアスファルトくらいしか採れなかった)メソポタミア。しかし、生きていくには十分だったと思う。
にも関わらず、これだけ盛んに交易が行われていたということは、支配層が「贅沢品」を手に入れたかったから!という理由に尽きるのではないだろうか。美しい・珍しい交易品を持っていることで、自分の威厳を示せたのだろう。
そして、交易が盛んになればなるほど、身分の差も広がっていく。。。

(2)につづく・・・
 
 
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