黄河文明と長江文明
113849 仰韶文化とその周辺の黄河文明の補足
 
ハリケーンミキサー ( 28 ) 06/05/15 PM01 【印刷用へ
☆裴李崗文化(紀元前7000〜5000)
 代表遺跡は河南省新鄭県裴李崗。円形・方形の竪穴式住居に暮らし、粟作などの畑作農業が行われていた。艶出しした紅褐色の陶器や磨製石器などを特色とする。

☆老官台文化(紀元前6000〜5000)
 代表遺跡は陝西省華県老官台。円形の竪穴式住居に暮らし、粟作などの畑作農業が行われていた。暗紅色の夾砂陶を特色とする。

☆北辛文化(紀元前6000〜5000)
 代表遺跡は山東省滕県北辛。黄褐色の陶器を特色とする。

☆磁山文化(紀元前6000〜5000)
 代表遺跡は河北省武安県磁山。円形・楕円形の竪穴式住居に暮らし、粟作などの畑作農業が行われていた。紅褐色の夾砂陶を特色とする。

☆仰韶文化(紀元前4800〜紀元前2500)
 1921年、河南省仰韶村で発見された彩陶(赤地に彩色した土器)を特色とする文化。

前期
(紀元前4800年ころ)は紅陶が主流で、代表遺跡は陝西省西安市半坡、仰韶半坡類型文化と称されている。母系制で、農村の階層化がみられる。前4000年頃にろくろの使用が見られる仰韶廟底溝類型文化が現れた。

後期
(紀元前3500年以降)は、半坡後期類型・西王村類型・大司空類型・秦王塞類型の四種の文化に大別され、このころには貧富の差がみられ、社会の分業・階層化が進んだ。

☆後岡文化(紀元前5000〜4000)
 代表遺跡は河南省安陽市後岡。北辛文化を継承して発展した。

☆大モン口文化(紀元前4300〜2400)
 1959年、山東省寧陽県堡頭村で遺跡が発見され、のちに山東省泰安県大モン口でも発見されて、こちらが代表遺跡となった。
前期は紅陶が主流だったが、後期には黒陶・灰陶が主流となった。後期の卵殻黒陶の高柄杯は、精巧で美しく、山東龍山文化に受け継がれた。

☆龍山文化(紀元前2500〜2000)
 中国中央研究院歴史語言研究所によって1930年、山東省章丘県龍山鎮で発見された黒陶(黒色土器)や灰陶を特色とする文化。
後期には銅器の鋳造もおこなっていた。中原龍山文化(陝西龍山文化・晋南予西龍山文化・河南龍山文化)と山東龍山文化とに分かれる。
中原龍山文化は仰韶後期文化を継承し、灰陶が主流。骨を灼いてひび割れを見る占卜もこのころ始まったとされている。
山東龍山文化は大汶口文化を継承しており、黒陶が主流。

☆二里頭文化(紀元前2000〜紀元前1600)
 (紀元前2000?〜紀元前1600?)
1959年、河南省偃師市二里頭で発見された。
遺跡は約二キロ四方で、中心部には二つの宮殿跡がある。
この遺跡の人々は、晋南予西龍山文化・河南龍山文化を継承し、青銅鋳造の技術を持っていたと考えられている。
 
 
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