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日本人と縄文体質
363547 江戸の暮らしに学ぶ
 
匿名希望 21/01/13 AM10 【印刷用へ
リンク より引用しています。

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新しい循環型社会のヒントは江戸にあり
江戸時代の日本は、生活に使う物資やエネルギーのほぼすべてを植物資源に依存していた。鎖国政策により資源の出入りがなかった日本では、さまざまな工夫を凝らして再生可能な植物資源を最大限に生かし、独自の循環型社会を築き上げるしかなかったのである。植物は太陽エネルギーとCO2、水で成長することから、言い換えれば江戸時代は太陽エネルギーに支えられていた時代だということもできる。『大江戸えねるぎー事情』や『大江戸リサイクル事情』などの著書を持つ作家の石川英輔氏は「江戸時代の生活は、化石燃料に頼らずに生きるための知恵と経験の集積であり、太陽エネルギーだけで生きるとはどういうことなのかを知るために、これほど具体的でわかりやすい見本はない」と語っている。

 
◆エネルギーゼロで夏の涼をとる
江戸の人々は、さまざまな工夫や知恵を働かせ生活の利便性を高めたが、それでも夏の暑さには苦労したようだ。冬の寒さは、衣服を着込んだり、火鉢や囲炉裏で炭を燃やせばやり過ごせるが、暑さをしのぐのは大変だった。衣服を脱ぐ、行水をするという方法もあるが、そればかりやっているわけにはいかない。そうした中で生まれた知恵の1つが、打ち水である。当時は、夕方になると打ち水をし、縁台を出して涼をとる人々の姿があちらこちらで見られた。科学的根拠に基づいて気化冷却現象を利用したわけではないだろうが、打ち水をすれば過ごしやすくなることを当時の人は感覚的に知っていたのであろう。
 家の中に風を通すことも涼をとる工夫として取り入れられていた。当時の住宅は家の向きを十分に考慮し、大きな開口部を設けて、家の中に風の道をつくる設計がなされていた。さらに、日射による熱を防ぎながら風だけを通す簾(すだれ)やよしずも生活必需品として利用されていた。
また、江戸の町を巡る泥道が天然の空調機として働いていたという説もある。江戸の道が泥道であることは当たり前だと思われるかもしれないが、実は当時から舗装技術はあったのである。1800年代初期の江戸を書いた『江戸名所図会』という絵入りの地誌には、四谷大木戸(現在の四谷四丁目交差点)の先に立派な石畳の舗装がされた甲州街道が描かれている。つまり、舗装技術はあったがほとんど使われなかったことになる。労力や技術の問題で舗装を進めなかったのかもしれないが、泥道だったおかげで暑い日には気化冷却が起こり、町全体を冷やす役割を果たしていたことは実に興味深い。
このように江戸時代は、水や風など自然の力を最大限に生かしながら、エネルギーゼロで生活の快適さを生み出す工夫をしていたのである。

◆江戸時代の着物リサイクル
当時の着物は一切無駄がなかった。たとえば大人用の着物は、細長い一反の布から前身ごろ、後ろ身ごろ、衿、共衿、袖、衽(おくみ)などの部分を切り出して仕立てるが、体に合わせて裁断する洋服とは異なり、半端な断ち落とし部分がないので端切れはほとんど出ない。さらに、着物は着付けの仕方によって調節できるし、すべてが直線縫いのため容易に仕立て直すことができる。それゆえに背が伸びても、恰幅がよくなっても、一着の着物で賄えるのである。子どものいる家では、最初に大きく着物を仕立て、腰や肩の部分を縫い上げておくのが普通だった。こうしておけば、成長したとき縫い上げた部分をほどいて長くするだけでいい。長男が成長して着られなくなれば、次男に着せるのは当たり前である。繕いの跡やすり切れた部分が目立つようになれば、寝間着、おむつ、雑巾などに転用し、徹底的に使い尽くされた。次々に形を変えて再利用されていく着物の一生は、雑巾で終わりではない。ぼろぼろの布になった後は、かまどや風呂釜の燃料になるのである。さらに、燃え尽くした後の灰さえも、農業では肥料、酒造では麹菌の増殖、陶器の上薬として利用されるなど、徹底的に使い抜かれた。
 
◆江戸時代の住生活
江戸時代に家を建てることは、大仕事だったことはいうまでもない。大量の資源と膨大な労力、そして匠の技が投入される家は何よりの財産だった。大切な財産だからこそ、何代にもわたって住み継いでいく工夫が随所に凝らされていた。建物の基礎は、礎石の上に柱を立てる「石場立て」と呼ばれる方法が使われた。この工法は、地面から吸収される水分で柱が腐るのを防ぎ、床下の風通しをよくして湿気やシロアリの被害を防ぐ効果がある。その上、地震に対する耐久性にも優れていた。揺れを基礎から上部構造に伝えず逃す柔構造のため、免震効果が高く地震の多い日本に適していた。家の構造は、金釘を一切使わない継手(つぎて)仕口(しぐち)と呼ばれる技法で柱や梁が組み合わされていた。継手仕口には、用途に応じて「腰掛け蟻継ぎ」「金輪継ぎ」「追掛大栓継ぎ」など、さまざまな技法があり、当時の大工はこれらを駆使して長く住み継げる家を建てた。この技法は、金釘を使わないため時間がたっても錆・腐食が発生せず、接合部分を解体して組み直せるので増築や改築に適している。また、木材は時間経過とともに内部の水分が抜け乾燥するため、使えば使うほど強度が高まっていくという特徴がある。他にも、調湿機能に優れた土壁や漆喰を用いた壁材、狭い家の間取りを自由に変えられる引き戸など、家族の人数が変わっても住み続けられる工夫が随所になされていた。
 

江戸の人々が制約の中から、優れた知恵や工夫、技を生み出したように、あえて資源を制約することが現代社会を変える起爆力になるのかもしれません。

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