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日本人と縄文体質
358894 学会が解明できていない縄文人の世界観とは、本当はどのようなものだったのか
 
新川啓一 ( 壮年 神奈川 建築家 ) 20/07/31 PM05 【印刷用へ
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(以下引用、中略)
「従来の日本の考古学者が縄文人の世界観を正しく理解できなかったのはなぜなのか?」
今回は、そんなストレートな質問をぶつけてみた。
−最初に大島先生に注目したのは、北海道考古学会会長としての積極的な発言でした。
(中略)

日本の考古学者は縄文土器の型式や年代を分類する編年研究に没頭して『縄文人はどんな人たちなのか?』『どういう世界観を持っていたのか?』そういうことを全然説明してこなかったということが問題なんです。私は縄文文化が世界的にも他に類をみない独自の世界観を持っていたと確信しています。

つまり、縄文人は新石器時代になっても、農耕社会に移行することなく、狩猟採集の生活を約1万3千年に渡って守り続けたのです。そして、土器、土偶、その他の出土品に見られるような非常に豊かな文化を育んできました。縄文人はシンボリズムとレトリック、つまり、象徴とその読み替えのメカニズムを基礎とする狩猟採集の世界観でひとつの文化を作り上げた貴重な存在なのです」

−先生独自の縄文解釈で、たとえば、青森県の三内丸山遺跡を読み解くならばどうなりますでしょうか?
大島「三内丸山はなぜ価値があるのか。大きい、広い、出土品が多いなんて説明じゃタメなんです。たとえば、植物学者の辻誠一郎さんが花粉分析したら、遺跡のどこを掘っても栗の花粉が出てきたといいます。人為的に栗の木が植えられていたわけです。春の季節には、栗の雄しべで広い遺跡一帯が、真っ白になっていたことでしょう。葉は緑で花は白、緑も白も再生のシンボルですから、そう考えると、三内丸山は単なる巨大集落ではなく、再生を願う縄文人が全国から集まってくる聖地のような場所(トポフイリア)だったと考えられます。ここでいうトポフイリアとはアメリカの地理学者イフ一・トウアンが提唱したもので、ラテン語で『愛すべき土地』を意味します。私は脳レベルでトポフイリアという概念があったと考えています」
(中略)

−もっと具体的に縄文人はどんな人たちだったのでしょうか? どのような生活をしていたとお考えですか?
大島「ひとつ重要なことは人間の数ですよ。縄文時代の人口について、ある考古学者は26万人という数を出しています。もっと多いかもしれませんが、北海道には3万人です。現在、北海道には540万人いるんですけど、3万人なら、いないに等しい、熊や鹿の方がたくさんいたと思われます。人間同士の乱轢もなく、家や祖先、愛という概念も生まれにくい、そういうなかでは男と女は自由に交わって子供を作る。そういうものだと考えられますよね。そういった世界観が様々な遺構や遺跡、遺物を生み出したわけで、だからこそ世界遺産としての普遍的な価値があると私は考えます。シンボリズムとレトリックが縄文の本質であるなら、その証拠はいくらでもみつけられますし、遺跡や遺物についても容易に説明がつくということなんです」

では、縄文の文様は何を表しているのでしょうか?
大島「縄文の文様は蛇でしょう。縄文土器が凄いのは最初に縄目の文様で蛇を表現したこと。蛇は世界中の神話にあります。脱皮を繰り返す蛇は再生のシンボリズムなんです。そして、蛇を象徴する文様がひとつの文化として定着すると、多くの人が“効き目”がある文様を模倣し、もっと“効き目”がある文様を求めて、さまざまな実験を繰り返す。…
そんな時代が1万年以上も続いたのが縄文時代だったんです」

ここでいう“効き目”とはどのようなものでしょうか?
大島「日常生活の中で“死にたくない、蘇りたい”と思い、効き目のあるシンボルをどうやって編み出すかに命を賭けていた、すべてがそこに集約できます。歴史的な経緯もなく、発展や進歩を選択せず、1万年間ずっと変化しないといえばよくわかるでしょう。土器の形がいろいろとかわるのは効き目を試しているからですよ。別の例でいえば、毒毒翠(ひすい)は縄文時代の1万年間を通して、北海道から沖縄まで分布しています。でも毒妄翠はジュエリーでも宝石でもない、ただ地球上で再生のシンボルである白と緑が同居している石はそれしかなかったんです。効き目が抜群だったんでしょう、それが信仰ですから。看妄翠を手に入れて持つことが大切だったんです。科学的に効果があるということではなく、縄文人を精神的に満足させるもの。頭の中に再生の因子があって、それになぞらえるものは、何でもやったってことですよね」

−縄文人が現代人に教えてくれることは何でしょうか?その世界観を理解することで私たちには何がわかるのでしょうか?
大島「縄文人が作ったものは9割以上が再生のシンボリズムでしょう。生理の周期とリンクして満ち欠けする月、女性の子宮、羊水としての水、それらは皆、再生のシンボリズムです。何か再生するものをシンボライズして、レトリカルに描いているだけ。…

それを読み違えて、現代な美術的感覚とか、経済的価値観とか、合理性とか、そんな解釈をしても全く意味がないわけです。シンボリズムとレトリックで読み解くと、縄文は本当に面白いんですよ。考古学者には理論はないから彼らに任せていいたら読み解きは全然進まない。最近、積極的に講演をするようになったのは考古学者ではない一般の人たちにも一緒に考えて欲しいからですよ。そして、私の講演を聞いた人は再生のシンボリズムという根拠を持って縄文文化を捉えてほしい。つまり、現代の感覚で縄文人を想像するのではなく、自分自身が縄文人になって、現代における縄文的なものを発見していって欲しいですね」
(中略、引用終わり)
 
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