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日本人と縄文体質
358051 縄文人に見る “祈りと感謝” の精神文化
 
匿名希望 20/06/30 AM10 【印刷用へ
リンク より引用しています。

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(前略)

かつて宗教学者の中沢新一と音楽家の坂本龍一が、持続可能社会へのカギが見つかるかもしれない、と考えて環状列石(ストーンサークル)で知られる青森県小牧野遺跡を訪れた。
その環状列石を前にして坂本龍一は、こう言ったという。ちょっと長いが、以下引用する。
「環状列石の中にいると、石を運んできてお祈りしている人たちの姿が見えるかのようで、不思議な感覚になりますね。三内丸山遺跡よりも一歩進んだ宗教心の在り方で、国家寸前まできている気がします。僕は直感的に、環状列石というのは天を地に模したものだという感じがしたんですが、ただ岩を拝んだりするのとはちょっと違って、天上の世界を人工的につくろうとしていると思う。そして一般人は土葬なのに、何十年かに一人の特別に選ばれた人間だけが、土器棺に入れられて埋葬されている。一人の人間が自然のパワーを象徴するようになって、集中した権力を持っているということで、ほとんど天皇制直前のカタチに思えます」。
こう言った坂本龍一に対して、中沢新一は違った観点から重要な視点を提示した。
続けて、こちらも長いが、以下引用する。
「国家がいつ生まれてもおかしくない状態にあるのに、そうならなかったのは、国家の発生を抑える何かがあったってことでしょう。アメリカ大陸の場合、インカやマヤなんかは国家ができたんだけど、わりと短命ですよね。もともとアメリカ大陸の先住民族はモンゴロイドですから、中国で高度な文明をつくった人たちと同じ起源をもっている。だからDNAの中には国家を造る要素もあって、いったんは国家形成の方向に向かったのに、それを解体しようとする精神性も非常に強かった」

国家を造り、権力を高め、壮大な事業に乗り出すことに積極的な人たちがいる一方で、あえて国家を造ろうとしない人たち、国家ができそうになると、それを解体の方向に押し戻そうとする人たちがいたのではないかというのだ。その見方が正しければ、ここ小牧野遺跡は、国家を造ろうとはしなかった人たちが残した遺跡ということになる。私たちは、国家を造った側が、国家を造らなかった側を支配し、抑圧し、飲み込んでいった歴史しか知らない。一方的にやられっぱなしの側に自ら進んで回るなど、とても考えられない。それとも国家を造ることで何か失うものがあるということなのか。裏を返せば、国家を造らないことで得られるもっと大事なものがあるというのだろうか。
その答えが三内丸山遺跡にあった。
三内丸山遺跡は、縄文前期中葉から中期末期(5500年〜4000年前)の1500年間に、約40ヘクタールの広大な範囲にわたって10棟を超す大型の竪穴住居と780軒にも及ぶ住居がつくられたと推定される。しかし、これほどの規模の集落にもかかわらず三内丸山遺跡で暮らしていた縄文人は、権力を集中し人々を統治する国家をつくる方向を志向しなかった。国家をつくるために費やす労力を、祭祀や儀礼や信仰に注ぎ込んでいったように見てとれるのだ。
環境考古学者の安田喜憲氏の言葉を借りれば、縄文社会は「自然と共生し、永続的・循環的に生き、命あるものがすべて平等の価値を持つという文明原理に立脚した社会を構築した。こうした文明原理を永続的に維持するために、縄文土器や土偶を大量に生産する知的・芸術的行為やストーンサークルの構築、あるいは巨木の祭りなどの宗教的といった、日々の生業活動とは異質の直接生産には結びつかない文明の装置・制度系を際立たせて発展させた」という。
だとすれば、縄文人が国家をつくらないことで得ていたもの、それは社会や文化の持続性であり、自然(神)との共生やそれに伴う祭祀や造形へのエネルギーであり、人間にとどまらず、自然や物も含めたうえでの平等主義だったのではないだろうか。

(中略)

ここで、時代は、縄文時代からいっきに江戸時代に飛ぶ。
265年間という期間にわたって大乱がない時代で、食料もエネルギーも自給自足を実現。しかも貨幣経済社会を高度に発達させていた。こんなことは古今東西、世界史上ありえないことであった。
幕藩体制が確立された江戸時代は、カタチのうえでは中央集権制だったが、事実はどうも違っていたようである。
当然、お国(クニ)への締め付けもゆるやかなものだった。ゆるやかどころか、いま、わが国で盛んに議論がなされている「地方分権」が確立され、なおかつ藩札、今で言うところの地域通貨の発行による「歳出と歳入の自治」が確立していた、結構、とんでもない社会だったようだった。当時の江戸社会は、都市社会であり、通商社会であり、農業社会であった。国家という言葉はもちろん、概念もなかったのである。
「江戸っ子は宵越しの銭を持たない」という落語のお話しがある。じつは、このお話しは、安定した持続可能社会においてはじめて実現した「粋」な生き方だったのである。宵越しの銭を持たなくてもいい社会であるためには、翌日も、約束された仕事があるという社会であり、与えられた仕事をちゃんとこなしていれば、元気なうちは働くことができ、1日働けば、1日の手間賃が貰えるという社会システムが確立していなければならないのだ。

年金の財源が足りなくなる。当たり前である。少子高齢化社会になってしまった。若者2人が1人の老人の年金を拠出せざるを得ない状況で年金を減額したり、年金の支給時期を遅らせたり、年金の掛け金を増やしたりという論議は、愚の骨頂なのだ。平均寿命が男女共に80歳を優に超えているのである。年金の話も大事なことであるが、80歳の老人が働ける社会。宵越しの銭を持たなくても済む、「粋」な社会システムを、どうすれば構築することができるか。21世紀社会における展望は、縄文社会が築きあげてきた自然循環型の文明社会と、江戸社会が築きあげてきた持続可能な文明社会の両方を取り込んで、そこに<中今>ともいえるべく<あわい※4>の場を具現化する。人口が減少に転じたときにこそ、新社会システムを創造する可能性が見えてくるのではないだろうか。少し強引な論かもしれないが、このぐらいの相転移があってもいいのではないだろうか。

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