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古代社会
357027 青銅器・鉄器もないウバイド期の大規模な灌漑はどのようにしてつくられたか
 
稲依小石丸 ( 40代 犬上 ) 20/05/21 PM10 【印刷用へ
BC6500(〜BC3800年)にメソポタミア地域で誕生したウバイド文化では、現在分かっている中で最古の灌漑農業が行われていた。
鉄器はもちろん青銅器の農具もまだない時代であったが、雨が少ないという気候特性もあり、木枠で固めた泥の日干しレンガを積み上げて、貯水池や用水路を築いていた可能性が高い。

ウバイド期は周辺地域を支配したり闘争したりせず、平和・協調的な社会であったようだが、洪水のたびに破壊される灌漑を再構築する膨大な共同作業が、この協調性を育む一因となったのではないだろうか。

◇メソポタミアの灌漑農業 Irrigated agriculture in Mesopotamia リンク
<HONDAブログ>より
////////↓↓引用開始↓↓////////
人類が最初に灌漑農業をおこなったとされているウバイド期は、BC6500〜3800年の2000年以上もつづいた。しかし、ウバイド期がどのような社会であったのか、よくわかっていない。

わかっているのは、泥の日干しレンガで家屋を建設していたこと、灌漑農業をおこなっていたこと、コムギ、オオムギ、豆類、亜麻などを栽培していたこと、ヒツジ、ヤギ、ウシの牧畜をおこなっていたこと、漁撈をおこなっていたこと、彩色土器がさかんにつくられたこと、10ha以上の「都市」があらわれたこと、社会の階層化が徐々にすすんでいったことなどである。

〜中略〜

日本で用水路を建設するには、山を削ったり、水路を掘り下げたりしなければならないので、ツルハシやシャベルなどの道具が必要だ。いっぽう、雨がほとんど降らない氾濫原のメソポタミアでは、泥の日干しレンガを積み上げて、貯水池や用水路を築けばよい。道具は、日干しレンガをつくる木枠があればよい。そのため、青銅器や鉄器が普及していない時代であっても、貯水池や用水路などの灌漑施設を建設することが可能だったのであろう。

〜後略〜
////////↑↑引用終了↑↑////////
 
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