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生物学を切開する
351868 自然学の提唱2
 
匿名希望 19/12/13 AM02 【印刷用へ
リンク より引用

当時、京都大学の霊長類研究所には世界的にも画期的な「社会部門」というものがあった。霊長類の研究はいまでこそ誰もがテレビの動物番組やサル学の普及などで知っているように、ありとあらゆる霊長類の“社会”を観察するものになっているが、それまでは科学としての“しきたり”に縛られていた。それを“社会”の研究に向けて大きな窓を開けたのが今西錦司だった。
 今西はサルに社会科をもちこんだだけではなかった。生理や心理や言語学さえもちこんだ。それが今日のサル学の隆盛をもたらしたことはいうまでもない。
 しかし、そうやってみると、若い研究者たちはしだいに部屋にとじこもってデータだけを扱うようになってきた。あるいは実験装置や機械の設定ばかりに夢中になってきた。つまりは実証科学の力に引っ張られ、しだいに本来から遠ざかりはじめたのだ。これではサルという人間に近いはずの相手と取り組んでいる意味が、しだいに分断された成果の競い合いになるだけだ。そこには「生きている全貌」を掴むということがなくなってくる。
 今西錦司は、悩んだ。なぜ近頃の研究者たちは“大技”ができなくなったのか。みんなケチくさい。これではいかん、なんとかせねばあかんというのが、ついには82歳になっての「自然学の提唱」にまで至ったのである。
 そこには、「自分は植物や動物が好きだからといって、それで自然派だとか、自然を考えているなどと言うな」という、強烈な主張があった。今西によると、自然というのは全部がつながって自然なのであって、ひとつずつの自然などというものはなく、それを言うなら「自然はひとつしかない」と考えるべきだという。
 この「自然はひとつしかない」という考え方をひっくるめたものが、今西自然学である。
 今西錦司は生涯を賭けて進化の謎に挑戦しつづけた人だった。一言でいえば、ダーウィンの進化論に断固として立ち向かった人である。戦争中に遺書のつもりで書いたという『生物の世界』にその骨格は綴られている。
 その思想は広大で、どこかとりとめのないところもあるのだが、その主張は明確で、アンチセレクショニズムとしての一本の太い幹が通っている。自然淘汰や自然選択(natural selection theory)では進化は絶対に説明できっこないという太い幹である。そこには自然淘汰説を支える適者生存(survival
of the fittest)に対する批判が深く突き刺さっている。しかしながら、これは反ダーウィニズムとはちょっとちがっている。なにもかもダーウィンに反対しようというのではなくて、セレクショニズムという見方が進化論を毒してしまったという考え方なのだ。
 今西錦司が言いたかったことは、生物が多産で、生存競争があって、環境適応があるのは当然だが、そうだからといって最適者が自然界で選ばれて残るなどというのはおかしいと言ったのだ。むしろ運のよいものが生き残ったと考えたほうがいい。極端にいえば、そう考えた。
 「運がいい」とはまことに非科学的な言葉だが、今西錦司はそれを全力をかけて解明したかった。その「運」をこそ自然界が襞の奥にひそませているのではないかと考えたのである。
 すなわち、自然は最適者だけしか生き残らせようなどとはしていないというのが、今西錦司の自然研究から生まれてきた結論だったのだ。激しくも厳しい自然のなかにひそむ「抱擁の構造」に、むしろ進化の原理の萌芽を見たのである。
 このような見方は、今西自然学に親鸞の「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」さえ招じ入れた。

【中略】
今西は社会学を漁った。けれども「こんなに陳腐なものばかりを集めてどうするのか思った」ほど、当時の社会学はガラクタばかりを集めている学問だった。
 しかし、そこには少なくとも「社会」というたいへん魅力的な見方が生きている。そこを取り出さなければならないと、今西は覚悟する。ここらあたりが今西が生態学から決別しなければならないと思いはじめた背景になる。
 こうして「種社会」という、生態学にも社会学にもない、全く新しい自然の見方が生まれてきたのだった。
 今西が掛けた生態学と社会学の橋は、すぐに京大人文科学研究所に人類学部門ができることによって広く開花する。中尾佐助の「農耕起源論」や梅棹忠夫の「文明の生態史観」が練られていったのは、ここである。
 京大引退後、今西はついにダーウィン批判というとんでもない岸壁に攀じ登る。最初は『私の進化論』(1970)だったろうか。そのなかで、今西はついに本音を吐いて、「進化というものは、変わるべくして変わるのだ」というような、科学者にあるまじき“達観”を示したのだった。変わる時がきたら種社会の全体が変わるのだという意味だったが、このような禅問答にも似た発言に、大半の科学者たちはついていけなくなっていた。
 
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