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試験・身分制度の根深い害
349199 私は仕事ができると思っていたが勘違いだった
 
匿名希望 ( 20代 大阪 設計 ) 19/09/10 PM05 【印刷用へ
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4月になり多くの新社会人がぶち当たるであろう壁。ある人によっては低い壁かもしれない、ある人にとってはものすごい高い壁かもしれない。すぐに超えることはできないが、階段のように徐々に上っていき飛び越えてほしい。

■全ては錯覚だった
学生時代の頃私は自分が優秀だと思っていた。というのは、成績優秀で国家資格もたくさん取得し、先生(教授)からも信頼されていたからだ。講義が終わってからも学校に残り、遅くまで資格取得や勉強に励んでいた。
自分自身も優秀だと思っていて、このような感じで会社でも「仕事ができる部類」「出世コース組」「羨望の眼差し」で行けると思っていた。
が、まったくの勘違い、錯覚ということに気が付くのも遅くなかった。

■「勉強できる=仕事できる」はイコールではない
勉強や資格試験というのは「答え」があり〇か×かで判断できるモノだ。合っていれば〇。間違っていれば×。単純明快である。
また、勉強というのは具体的に解答方法を教えてくれる人がいる。解き方などの参考書もある。
ところが、仕事というのは完全な答えというモノはない。答えであろうモノを探し、より良い解答に近づけて行くことが仕事である。
手取り足取り教えてくれる人はいない。自分の頭で考え、工夫して覚えていかなくてはならない。そこに解答方法は無い。
先輩社員は自分の仕事を抱えているため一人ひとりにべったりとくっ付いて教えるなんてことはない。そもそも教えてくれると思うこと自体が間違っている。
勉強ができた私はこんな常識なことも知らずに社会人になってしまった。

■「自分に合わせてくれる」なんてことは無い
社会ではスピードが求められる。仕事というのはいろんなことが一瞬で進んでいく。学生時代にのほほんと過ごしていた私には信じられないスピードだった。
会議にしろ商談にしろ自分の頭が追いつくことなくドンドンと進んでいくため話についていけない。わからない状態・理解していない状態でさらに話が進んでいくためもっとわからなくなっていく。
お客様に話しかけられても理解できていない状態なので、的外れな会話をしてしまい「こいつ大丈夫か?」と思われていたに違いない。それが相手の表情からわかってしまう。
学生時代の勉強はある程度ゆっくり行われるため理解できなくても後々教科書や参考資料を開けば「こういうことか!」と理解できるが、仕事ではメモすることでいっぱいいっぱいなので何も頭に残らない。入らない。
自分のペースで進んでくれることは無かった。そのうち上司や先輩からも「こいつ大丈夫か?」から「こいつは使い物にならない」というレッテルが張られていった・・・。

■プライドなんて捨てた方が良い
仕事ができるようになったらプライドは持ったほうが良い。しかし、入社したてからプライドは持たないほうが良い。自分が苦しくなるだけだ。
初めから仕事ができる奴なんてほとんどいない。仕事ができているように錯覚していることがほとんどだ。

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