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私権原理から共認原理への大転換
348803 令和の働き方のヒントは縄文にあり
 
大森久蔵 ( 30代 横浜 専門職 ) 19/08/25 PM09 【印刷用へ
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(前略)

考古学者の岡村道雄氏に、縄文人がどう暮らし、どう働いていたのか聞いてみました。

(中略)
今回は「組織化の原点」や「縄文人の働き方」について、考古学の視点からお話しいただきたいと考えています。

(中略)

◇縄文時代のムラ組織は、人類の組織化の原点?

>組織化の原点について、イメージしやすいのは「村」ですね。旧石器時代に遊動生活をしていた人間たちは、地球環境の変化にともなって、次第に定住生活へと移行し、縄文時代のころには数多くの村が生まれました。縄文時代のモデル村、通常の村の形は円形、環状の村です。

(中略)

>縄文人の生活が現代人の生活と違って特徴的なのは、霊的な存在を共同体の中心に据えつつも、ムラとして組織化された実社会のなかでは、中心となるようなボスや偶像を置かなかったという点です。

◇なぜ「ボス」がいなくても組織が成り立つのか

なぜボスがいないんですか?

>共同体の真ん中に権力を置かないことで、みんなが等距離にある状態をあえてつくりだしていたと考えられます。心理学的にいうと『中空の原理』ですね。

しかし、組織的に狩りをしたり、木の実を収穫したり、工事をしたりする際に、ボス的な存在なくして、どのように協業を成り立たせていたのでしょうか?

>階級が上の“ボス”ではなく、各種の協業ごとに“リーダー”的な人はいたと思います。リーダーがいなければ成し遂げられなかったような事業の痕跡も残されていますし、埋葬されていた人物の副葬品からは、例えば弓矢をそなえられた狩りのリーダーや、マダイの頭や亀の甲羅で作った装身具を持った漁の名手などが推測できます。

リーダーはいたんですね。

>そう。ただ、それは弥生時代以降に見られる、特定の原料・設備・技術などを独占し、直接生産にかかわらないような“ボス”ではなかったと思います。 縄文時代には、個々の能力差、得意分野の『違い』は存在していましたが、取り分の大小が決まるような『階級』はおそらくなかったはずです。

どうしてそう思われますか?

>理由はいくつかあります。たとえば集落内に、溝や塀などで区画されたり、特別な場所を占有したりする居住跡がないこと。特別な構造や規模の施設、財産を副葬した大きな墓などがないこと。みんなにほとんど差のない土坑墓が用意されていたことなどが挙げられます。

縄文時代の人類は、どうしてそのような組織を実現できたのでしょうか?

>それは縄文人が、努力=物質的対価、経済的対価というような思想ではなかったからだと思います。 彼らは常に自然の摂理のなかに生きていて、自分たちは自然の恵みによって生かされているという考え方を持っていたのです。

では、富の分配はどうなっていたのでしょうか?

>平等に分配されていたと思われます。考古学的証拠で言うと、シカやイノシシを獲ってきたときに、彼らはそれを解体して、パーツごとに小分けにしています。マグロも、30cm幅くらいの大きさでぶつぎりにしているんです。 収穫があったときに、組織の中で誰かがそれを独占するのではなく、自然からの賜りものを皆で分けたと理解していいでしょう。

(中略)

◇日縄文時代には“社長”も“上司”もいない

>縄文人って、誰にも雇われていないし、誰も権力のために仕事をしていないんですよ。

縄文時代には、“社長”も“上司”もいなかったんですね。フラットな関係のチームの中で、リーダー的な人はいたけれども。縄文時代の組織では、どんな風に仕事を分業していたんでしょうか?

>おそらく、その集団のなかで自分ができることを自分ができる範囲でやっていたんじゃないかと思います。

(中略)

>富の分配は平等だったので、たくさんの報酬がもらえるから仕事をやるのではなく、自分が得意なことをみんなのために役立てるという雰囲気があったのではないかと。精神的にレベルが高いですよね。

>ちなみに、縄文時代ではひとつのムラがひとつの場所に、数百年〜数千年も継続してとどまっていた形跡があります。これはその集団が精神的にものすごく安定していたから獲得できた持続性だろうと思います。

1000年も! すごいですね。

◇私たちは「定住生活にまだ慣れていない」?

(中略)

>弥生時代になると、人は土地を占有するようになります。囲い込んだ土地で人は米作りを始め、鉄というハイテクも入ってきます。生産力が上がれば、権力者も出てきます。獲れた米を税金にして、権力者は一次産業にかかわらなくなります。

(中略)

>それ以降は、ひたすら人工的な組織が増殖していく歴史です。その行き着いたところが、いま、私たちが生きている時代ですね。
困難としか言いようのない時代だと感じています。

(中略)

>働き方もそうですが、現代の私たちは家を持ち、一カ所に定住して暮らしています。人類400万年の歴史のうちで、現在も含めて人間が本格的に定住したのはどのくらいの時間かというと、たったの1万年程度なんですよね。人類の歴史のほとんどが遊動生活。

となれば、私たちはまだ、定住生活に『慣れていない』とも言えます。人類は定住できなくて遊動していたのではなく、遊動が本来の生態に一番合っていたから定住しなかったと考えることもできるわけです。

(中略)

◇人類が社会的動物として生きていくこと

>結局、会社組織もそうですが、家族や地域集団だって組織です。私たちは縦も横もある何らかの共同体に属して、1人では生きられない社会的動物である人間として生きています。

(中略)

>それを踏まえた上で、自分はどういう人生を選択して、どう幸せに、平和に生きていくか。風土とともに生きることから、それを考えていかないといけないのが現代人かもしれません。

風土とともに……。考えさせられます。

>それによって、人は自然のなかに生かされている、自分という人間のポジションを知ることになるでしょう。縄文の思想というのは、人間が動物として幸せに生きていくために大切なことなんです。

自然の一部として生きて、私利私欲ではなく、みんなのために仕事をして、最後に自分はかっこよく生きてこれたと総括できたら、それがきっと幸せな人生というものだろうと思います。
 
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