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日本人と縄文体質
347630 『縄文の思想』 瀬川拓郎著A
 
孫市 ( 42 宮城 会社員 ) 19/07/15 AM00 【印刷用へ
リンク より転載です。

『縄文の思想』瀬川拓郎著
書評・テレビ評2018年1月11日

(@のつづき)
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■今の生きづらさと対極の価値観

 そのほか本書では、奄美や沖縄諸島で産する巻き貝の貝殻は、当時装飾品として日本列島全域で珍重されたが、それを運んだのは長崎を中心とする九州西北部の海民だったこと、潜水漁民の拠点だった筑前鐘ケ崎の漁民は、壱岐、対馬、山陰から能登半島まで出漁や移住をくり返していたこと、日本の海民は朝鮮半島南部やオホーツク・大陸沿海州の海民とも深く交流していたことなども紹介している。のちに世界一の漁業大国になった日本の前史ともいえるものだ。

 著者が注目するのは、彼らの生活誌にあらわれた生き方や気風である。それは、一言でいえば「商品交換への強い違和感、贈与への執着、分配を通じた平等、強制や圧力の拒否、他者や土地とのゆるやかなつながり、中心性を廃した合意形成」である。つまり、「魚や獣は神からの贈り物であり、人人はそれを平等にわかちあうことによって互いに結ばれる」という考え方であり、それは階級が発生する以前の縄文文化に照応している。

 著者はそれが2000年前に消え去った過去ではなく、第2次大戦前には京都や青森や沖縄の漁村に共同労働・平等な分配という習慣が残り、「共産主義者の村」と揶揄されたこともあると指摘している。そして、「資本を王とする新たな奴隷制であるこの社会のなかで、今の生きづらさとは対極の生がそこにあるのではないか」というのが著者の問題提起である。

 もちろん縄文時代の平等は、生産力がきわめて低い下でそうしなければ餓死してしまうことから生まれた平等であり、外部に閉ざされた狭い共同体のもとでのことであった。だがそれから2000年あまりたった現代社会は、生産力が強力になって物がありあまっているのに餓死してしまう社会である。

 本書は、日本人はどこから来たのかということを考えさせるとともに、たかだか200〜250年の資本主義を永久不変のようにみなす凝り固まった考えをとり払って、歴史を変化・発展するものとしてとらえるうえで刺激的である。
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(転載終わり)
 
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347682 生命の渦巻く形 匿名希望 19/07/17 AM01

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