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西欧科学は狂っている
347084 自然の書物は数学の言語によって書かれている /神はサイコロをふらない
 
山澤貴志 ( 54 鹿児島 ITコンサル ) 19/06/25 PM10 【印刷用へ
数学というものは不思議である。「世の中はこのようにできている」と定義するが、「どのようにしてその世の中が出来上がったのか?」は問わないし、「変わりうるか否か」も問わない。つまりは「どうする?」発の「なんで思考」ではなく、「不変な真理によって人々や自然を支配しようとする絶対権力者的思考」である。それを正直に告白したのがアインシュタインで、「神はサイコロをふらない」と述べ、自然が持つ不確実性(流動性・可変性)を頑として否定した。

近代科学は、その根本において「キリスト教的な神の支配」を前提にした「数学的自然観」によって人々の思考を拘束し、本来の「どうする思考」や「なんで思考」を奪ってきたのだ。なんで?どうする?という潜在思念を否定し「美しいもの論理的なものは正しい」とする数学的世界観は非常に観念的である。宇宙物理学が宇宙の起源論を論じているようで迷宮に入り込むのは、あたかも「なんで?思考」をしているようにみせながら本質において「なんで思考」を封鎖しているからだろう。この数学的自然観の呪縛から思考を解放することは非常に重要なことだ。

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「落下速度は時間に比例する」。数式ではV = cT (V:速度 c:定数 T:時間)と書ける。ガリレオが実験によって到達した結論だ。この結論は物体の落下法則(How)を記述しているのであり、なぜそれが落下するのか(Why)について答えてない。重力を物体の自然落下の原因と定義すればなぜ「重力があるか」という実在論の問に答えてないことになる。

Whyの問を切り離し、実験・観察を唯一のよりどころにして観察された事象(How)を数学の言葉で記述することに注所する。近代科学の始まりだ。冒頭のガリレオの言葉は科学の宗教、哲学からの独立宣言と読める。

量子論の成功を前にしても「God does not play dice」といい続けたのはAlbeit Einstein。確率が混じっている数式では現象がどのように振舞うか(How)は決定されない。彼は因果関係を決定論的に記述する数式を頑固なまでに探し続けた。現象をより厳密に記述できるという彼の信念は「The external mystery of the world is its comprehensibility」という言葉に表れている。

確率が交えて記述された数式は個々の因果関係は「わかりません」と宣言しているようなものだ。そのような数式表現を許容しなかったアインシュタインの性格はエレガントなプログラムを記述することに異常な情熱を燃やす優秀なハッカーと共通するものがある。
 
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347451 ”数学”に潜む抽象世界(=非現実世界)に傾斜した思考 紺碧空 19/07/08 PM11

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