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素人による創造
340653 教科書の「暗黙の前提」を見抜き、常識を打ち破れ〜A
 
津田大照 ( 42 愛媛 現場監理 ) 18/11/07 PM11 【印刷用へ
○ 常識が成り立つ「前提」は?

 別の事例を紹介しよう。鉄の話だ。

 鉄がさびやすい金属だというのは、身近な経験として誰もが知っているし、教科書にもそう書いてあったりする。しかしある研究者が、「とことん純粋な鉄を作ってみよう」と思い至った。99.9996%と、超高純度の鉄を作ってみると、なんと、空気にずっとさらしても銀色の輝きを失わず、さびなかった。塩酸に溶けるはずの鉄が、超高純度の鉄は溶けなかった。常識とはまったく異なる性質が現れたのだ。

 これも、「鉄はさびやすい」という教科書的な常識は、「中途半端な純度の鉄(不純物をそこそこ含む鉄)の場合」という「前提条件」が、暗黙のうちに隠されていたわけだ。しかし、その前提条件が変わり、「超高純度の鉄にしてみたら」になると、まったく異なる性質が立ち現れた。このように、教科書が暗黙のうちに前提していることを変更すると、別の結果が現れる。

 身近なところでも、こんなことがあった。

 寒い寒い、冬の季節。天気が悪いこともあり、たくさんの洗濯物を室内で乾かそうと、その人は暖房をつけた。そうしたら友人から「暖房じゃなくてクーラーの方が乾くよ」とアドバイスされたという。

 その人はなんだか怒りながら、私にグチをぶつけた。「ほら、中学校の教科書にだって、ホウワなんちゃら(飽和水蒸気量)ってあったでしょう、暖かい空気の方がたくさんの水蒸気を抱えられるってやつ。温かいほうが乾くに決まってるじゃん。それをクーラーの方が乾くって! クーラーじゃ空気が冷えて、ホウワなんちゃら(飽和水蒸気量)も小さくなって、乾きにくくなるのは常識じゃん! 中学レベルの内容も知らないんだから」とおかんむり。

 私は一通り聞いた後、「案外、その友達の言うことが当たってるかもしれんね」と言うと、目を丸くして意外な顔をされた。「ブルータス、お前もか」みたいな感じで。

 私は続けた。「その友達、経験からそう言ってたんでしょ? だったら、教科書より経験の方が正しいと思うよ。考えてごらんよ、暖房をつけて空気を温めたほうが、そりゃ水蒸気はたくさん抱えられるかもしれないけれど、その水蒸気は部屋の中を漂っているだけでしょ。でもクーラーなら、機械の中で結露した分が部屋の外に排出される。クーラーで乾燥した空気が部屋に送られるから、洗濯物からまた水蒸気になって空気が抱え込む。それをクーラーが部屋の外に出す。クーラーの方が洗濯物が乾く、ってのは、案外そのとおりかも」と説明すると、その人は「あ」と言って、納得したようだ。

 本庶氏のノーベル賞受賞になった研究も、「免疫療法はうまくいかない」という教科書的常識を打ち破るものだった。しかしその教科書的常識は、「免疫にアクセルをかけて強めようというアプローチを取る限り」という前提があった。本庶氏は、前提を「免疫にブレーキをかけるものにアプローチ」に変えた。それが、これまでの常識とは異なる結果を生み出したのだと思う。

 多くの人がしばしば口にする「教科書を信じるな、疑え」というのは、気持ちが分かるようで、ちょっと大雑把な表現なのかもしれない。私が表現するなら、「教科書の隠れた『暗黙の前提』を見破り、その前提条件を変えてみよう」で十分だと思う。もしその視点を持って眺めると、教科書はイノベーションの宝庫だ。なにせ、前提さえ変えてしまえば、教科書(つまり、これまでの常識)を覆す、超意外な結果が出てくる可能性があるのだから。

 だから、画期的な成果を出したい人は、まず常識を知ろう。教科書に書かれている「正解」を知ろう。そしてその上で、それら常識、正解が、どんな前提条件で成り立つのかを考えてみよう。前提条件がどんなものか見抜けたら、その条件を変えてみよう。そうすれば、これまで誰も検討したことがない実験ができ、意外な結果を得ることができる可能性がある。

○ 知を織りなして「前提」を暴く

 もう少し続けよう。インターネットや人工知能の登場を理由に、「たくさんの知識はいらない、創造力さえあればよいのだ」という意見に関してだ。私は、“知識の乏しい創造力”というのは、偶然を除けば難しいように思う。創造するには、それなりの知識が必要だ。

 もちろん、教科書を丸暗記しただけの知識では何にもならない。それは単なる情報の集まりでしかない。知識とは、知と知の織物、「知織」だと私は思う。教科書丸暗記の情報の集まりは、いわば、知という糸はたくさんあるけれど、地面に放り投げただけの、絡まりやすい糸クズのようなものだ。

 しかし知という糸同士を巧みに編めば、綾なす素晴らしい模様が描ける。知と知の織物、「知織」だ。知と知を巧みに組み合わせることで、布という画期的な商品が生まれ、模様という美しいデザインが生まれる。さらに、布というカタマリ同士を組み合わせれば、上着になったりズボンになったりスカートになったり帽子になったり。ただの糸クズではあり得なかった、素晴らしい商品が生み出されるようになる。

 しかし、そうした色とりどりの服飾が生まれるには、たくさんの糸が必要なように、素晴らしいイノベーティブな「知織」は、たくさんの知という糸を組み合わせなければできない。やはり、「知」はそれなりの量、必要なのだ。

 しかし肝心なのは、「知」が多いだけでなく、知と知を織り成す技術が必要だ。織る技術がなければ、「知織」は織れない。

 本稿がお伝えしたい、「教科書が暗黙のうちに前提していることを見抜け」ということも、そもそも予備知識がなければ難しい。だから、知識は必要だ。

 ただ、丸暗記という面白くない作業で知識を増やそうとするのではなく、「教科書に書かれていることは、前提条件が成り立つ時だけの狭い知識だ。その狭い了見を暴いてやる!」くらいの意地悪な気持ちで教科書を眺めればよい。おそらく、本庶氏が訴えたかったのも、そういうことなのだと思う。

 教科書を疑ったり信じなかったりするのではなく、教科書がどんな前提を暗黙のうちに隠しているのか、それを暴き出す探偵のような気持ちになってみよう。探偵になるには、推理を成り立たせるだけの知識も必要だ。そんな「探偵」がたくさん増え、教科書とは異なる前提条件で挑戦する人が増えれば、この国はもっとイノベーティブになるのではないかと期待している。
 
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