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日本を守るのに、右も左もない
339109 オール沖縄vs東京司令部の真っ向勝負 沖縄県知事選の争点と展望(その2)
 
わっと ( 熟年 東海 ) 18/09/14 PM07 【印刷用へ
リンクより引用
(その1)からの続き

 A 「沖縄は基地によって潤っている」という定説も真逆で、県民総所得における基地関連収入の割合は、復帰直後(昭和47年)の15・5%から、平成27年には5・3%にまで低下している。基地返還後の土地の民間利用によって、那覇の新都心(米軍牧港住宅地区)は32倍、同じく小禄地区では14倍、北谷町の桑江・北前地区では実に108倍も基地の時代よりも経済効果が増加している。普天間基地だけでも返還された場合の直接経済効果を試算すると、現在の32倍に跳ね上がる。沖縄にとってもっとも良好な土地を基地が占領しており、基地が経済振興にとって阻害物になっていることがわかる。

 これでミサイルが飛んでくれば経済活動もなにもあったものではない。中国との丁丁発止でもしようものなら、最前線基地として1、2発のミサイルが着弾しただけで嘉手納、普天間などは吹き飛んでしまう。ミサイルが飛んでくる場所には観光客ももちろん来ない。だから、沖縄がアジアの架け橋として経済成長を遂げていく道筋においても、軍事的恫喝の拠点として存在するのか、そうではない道を選択するのかは相容れない矛盾になっている。この間、力を入れてきた産業振興をさらに本格化させ、沖縄の未来を切り開いていくうえでも、戦後からこの方居座り続けている米軍基地の問題は回避できない関係だ。米軍基地が沖縄発展の桎梏になっているからだ。従って、いわゆる「反基地」とか「反安保」といったイデオロギーとしてではなく、沖縄県民の暮らしに根ざした問題意識から「基地はいらない」と訴えている。睨み合いの最前線ではなく、友好平和の架け橋になるんだというまっとうな願いだ。

 E オール沖縄について野党共闘の代名詞のように捉える向きもあるが、それは東京目線の浅薄なもので、まるで事実とも異なる。政党政派やイデオロギーをこえて、沖縄のアイデンティティーを貫くという思いでつながった組織として機能してきた。「腹八分ではなく、五分、六分」でわかり合おう、つまり「小っちゃいことをいうな」と大同団結している印象だ。いわゆる政党が主人公の組織ではない。仲井真前知事の大裏切りであるとか、政治の欺瞞をこれでもかと見せつけられ、沖縄では有権者がその度にきっちりと灸を据えている。このオール沖縄を押し上げる原動力となっているのは、まさに下からの県民世論だ。

 C 翁長知事の言葉の力であったり人徳も確かにあるとはいえ、この島ぐるみの底知れぬ力が今の沖縄情勢を揺さぶっている。短時日に10万人以上集めた県民投票署名もそのことを物語っているように思う。スーパー前などで直接県民の胸元に飛び込んでいき、県民一人一人の力に依拠して全島に根を張っていく手法をとっていた。署名数も確かに重要かも知れないが、県民の手から県民の手へと広がるこの過程こそが意味深いのかもしれない。

 これは、「支持率○%」「反対○%、賛成○%」とかのメディア発表の数値で世論の動向に一喜一憂するのとは訳が違う。基盤の乏しい根無し草ではなく、みずからの手と足で確実に世論を捉え、対面して支持をお願いするというものだ。選挙でも昔の政治家は「辻説法5万回、戸別訪問3万軒」等等の課題を課して、徹底的に世論を捉えることで鍛えられたのだと何かに書いてあったが、似ているように思う。組織していくという努力は具体的だ。個個バラバラでは疑心暗鬼になったり、各個撃破をくらって自信がなくなったりしがちだが、県民の力の「見える化」というか思いを横につなげ、確信を与えるものとして果たした役割は大きかったと思う。島ぐるみの力の具体的な組織化のようでもある。切り崩されそうな局面において、県民世論を背に押し返していくという意味でも、すごく高度な判断が動いているのだろうと感じていた。よその県で同じように「島ぐるみ」的な動きが起こりうるかというと、なかなかそうはいかない。「県民が一つになった時には比類のない力を発揮する」という言葉の意味を考えさせられる。その信頼があるから働きかけられる関係だ。

基地分捕る為の沖縄戦 ペリーの時代から狙っていた米国

 D 沖縄の基地問題なり、「日米安保」を考えるうえでは、その前提となった第2次大戦、そのもとでの沖縄戦とは何だったのかを考えない訳にはいかない。日本の敗戦がもはや濃厚だった終戦末期、米軍は沖縄に1500隻もの艦船と55万人もの兵力を集中させ、畳一枚に100発分ともいわれる膨大な量の艦砲を雨のように撃ち込んだ。あの広大な中国大陸に100万人の軍隊を置いても植民地支配できなかったのが日本だが、米軍は小さな島に55万人で総攻撃を仕掛けた。そして、艦砲射撃で焼け野原にしたうえで上陸し、銃弾や火炎放射器で住民を追い回して文字通りの皆殺し作戦を実行した。それは沖縄県民を解放するためでも、戦争を終結させるためでもなく、土地を奪い取って基地をつくるという明確な狙いのもとでやられた。生き残った住民たちが収容されているなかで、勝手に金網を張って一等地を奪っていった。まさに略奪だ。

 A アメリカはペリーの黒船襲来の時期から沖縄の地政学的な重要性については目をつけていた。そのことはペリーの『日本遠征記』からも読みとることができる。イギリスやフランスなど欧米列強がアジアの国国を次次と植民地にしているなかで、各国の艦船は食料や水、燃料の薪炭を求めて琉球にも寄港した。ペリーは上海から浦賀に向かうわけだが、その際にも沖縄に寄っているし、あわせて5回寄港して85日間滞在している。武装兵を引き連れて首里城にあらわれ、そこを根城にして測量から動植物、天候や民族性にいたるまで綿密に観察調査している。沖縄戦の際に読谷に上陸したのも偶然ではなく必然で、ペリーが90年前に来たときの調査に基づいたものなのだという。第2次大戦で日本の敗北が既に明らかになっていた時期に、満を持して沖縄戦をしかけ、本土では経験しなかった血なまぐさい地上戦まで展開して奪っていった。それがアジアでの地政学的なポイントであり、「架け橋」ではなく軍事的脅威を与える場所として適地だという判断からだ。

(その3)に続く
 
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