この記事の読者は累積1548人です。
 
収束不全:やりたいことが見つからない
337919 モンスター部下の温床、学校・家庭の「個性尊重教育」の実態
 
二郎板 ( 27 奈良 会社員 ) 18/08/09 PM01 【印刷用へ
「やりたいこと」を仕事にする若者も少ないのに、「こんな仕事はイメージと違った」とすぐに辞める人も少なくない昨今ですが、そうさせている若者の中では「自由」や「個性」の尊重といった意識があるよう。
職を転々として結果何も得ることができない人間を大量生産してしまう前に、どう子どもたちに志を持ってもらえるようにするか、大人たちの教育に問われているのでは。

リンク
***

近年、会社内には「自分のやりたいこと」だけを主張する“モンスター部下”が急増中だ。彼らの登場によって、職場崩壊へのカウントダウンが始まっているというが、この問題の背景には、政府が推進する「キャリア教育」の弊害があるようだ。

●プライドばかりが高い部下を量産するキャリア教育

「最近の若者は仕事に対して『やる意味』を求めます。OJT(業務を通して行う職業教育)で仕事を教えても、意味が理解できなかったり、『やりたいこと』ではなかった時には、仕事を放棄することもあります」

こう語るのは都内の人材紹介会社に勤務する男性だが、これはまさに今の時代を象徴する話といえるだろう。

新社会人が最初の研修で学ぶであろう、「Will-Can-Mustの3つの輪」。これは、「仕事とはやるべきこと、やりたいこと、できることが重なり合うところで遂行するもの」とする考え方だが、今の若者は“やりたいこと”だけに前のめりになっているのだ。

もちろん、そんな若者を「甘い」と切り捨てることは簡単だが、対応を誤れば職場崩壊の危機に発展しかねない。企業側とすれば、少しでもいい人材を採りたいと採用に時間や労力をかけており、新入社員も、苦労して就職活動を乗り切ったはず。その結末がこれでは、お互いにあまりにも不幸だ。

●親の仕事すら大して知らない小中学生が増殖中

こうした若者が増えている原因の1つは、政府が押し進める、学校現場でのキャリア教育にある。

文部科学省によれば、キャリア教育とは「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度」を身につけるために、「普通教育・専門教育を問わず様々な教育活動(職業教育を含む)の中で実施される」教育のこと。端的にいえば、学生1人1人に合わせて“仕事観”を育てる教育だ。

では、実際の教育現場では何が行われているのか。小学校では、子どもに仕事のことを教える際、昔ながらの職場体験やごっこ遊び、社会人の話を聞くといったことが行われる。中学校においても、小学校とそう多くは変わらないが、自己分析といったことをやり始め、将来について少しだけ考える時間を設けている。

「生徒に仕事観を育ませようとしても、今の子どもたちは親の仕事すら大して把握しておらず、仕事というものを体験活動でしか知らないため、将来のことなんて考えられる状況ではありません。進路指導としては、何も考えなくていい“進学”を生徒に勧めるのが大半かと思います」(都立中学校勤務の教師)

高校に上がると、段々と「やりたいこと探し」を強いるようになるが、具体的な職業教育となると心許ない。就職先の相談や、面接での立ち居振る舞いを指導するといったあたりが一般的なところだろう。

ようやくキャリア教育が本格化するのは大学に進んでからだ。大学は今や就職支援機関と化し、企業の求める人物像を養成しようと踏ん張っている。

●自分のやりたいことではなく親の期待にばかり目が向く大学生

大学で行われるのは、エントリーシートの書き方とインターンシップの推進だ。ぼんやりとした将来像でもあればいいが、全く自分の未来を想像できていないようでは、就職活動には参加できない。自己分析という名のもとに、「やりたいこと探し」を求められるのが今の大学生である。

「やりたいことを細かく言葉にしなければ、エントリーシートは書けません。でも、親からは公務員か、CMに出ているような大手企業への就職を求められている。自分というよりは、親の『やってほしいこと』を探すのが就職活動の第一歩なんですよね…」(私立大学就職支援課勤務)

キャリア教育の難しさは、現代における子どもの家庭環境を抜きには考えられないのだ。今の家庭は、兄弟が少なく核家族であり、共働き世帯が多く存在する。極端な話、多くの子どもたちは塾と学校を往復し、暇さえあればゲームに興じる生活である。

そんな生活スタイルとなれば、子どもは自分の未来を感じさせてくれるような第三者の大人と出会う機会も当然少なくなる。また、昔と比べて現在のビジネスの仕組みや雇用形態が複雑化したこともあり、子どもは親がしている仕事の内容についてよく理解できず、仕事観や将来を考える機会も減ったといえる。

さらに今の子ども世代は、コミュニケーションツールとしてLINEなどを使用し、「了解」については「り」といった一文字で表す略言葉や、スタンプを多用している。このことからも、言葉を発する機会自体が少なくなったのは明らかだ。

●放任の言い訳に使われる「個性尊重」教育

この時点で、すでに将来への不安を内包している。というのも、企業が求める人材像として、コミュニケーション能力の高さがトップにくることは多いが、言葉を発する機会が少ない世代は、そのスキルを習得すべくもないからだ。

また、共働き世帯の親は、普段子どもと一緒にいる時間が少ないためか、どうしても甘やかしてしまう傾向にあるという。

このような家庭環境を背景とした個性尊重の旗印のもと、小学校ではあだ名を禁止したり、教師が生徒を「さん」づけで呼ぶケースも増えてきている。そして、子どもを競争から遠ざけ、運動会の徒競走では横並びにゴールするといった教育が施されるようになったのだ。
 
こうして、子どもたちは準備もないまま、自立を強いられることになる。

かつてのトップダウン教育への反省から、学校教育の場で一貫して美徳とされている「個性尊重」と「やりたいこと探し」が中心となったキャリア教育が、モンスター部下を生み出す土壌となっているのだ。

体罰や価値観の押し付けに問題があるのはもちろんだが、放任一辺倒でも子どもは育たない。学校教育の現場や親たちは、このことを改めて考える時期が来ているのではないだろうか。

***
 
  List
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_337919
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
338337 学校とは生徒という集団を作り育てていく場。生徒は生徒の中で育つ。 田野健 18/08/19 PM07

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献


『るいネット』は、45年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp