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日本人と縄文体質
337909 縄文の美と祈り、女と月と蛇
 
匿名希望 18/08/09 AM00 【印刷用へ
歴史秘話ヒストリア「縄文の美と祈り」リンク 
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■episode1:土偶に秘められた願い

形から土偶を見る例として、次の遺物などが紹介されました。
・ハート形土偶(群馬県東吾妻町郷原出土)
・縄文の女神(山形県舟形町西ノ前遺跡出土)
・縄文のビーナス(長野県茅野市棚畑遺跡出土)

これらはいずれも女性を表現したものです。土偶は「ハレの日」を表現したものと考えられます。その「ハレ」とは出産ではないかと思われます。その例として、次の土偶が紹介されました。
・遮光器土偶(青森県つがる市亀ヶ岡遺跡出土)
・ポーズ土偶(山梨県南アルプス市鋳物師屋遺跡出土)。妊娠時の正中線を描いています。
・合掌土偶(青森県八戸市風張T遺跡出土)

土器と土偶が合体したような作品として紹介されたのが、
・顔面把手付深鉢形土器(山梨県北杜市津金御所前遺跡出土)。母と子が見られ、出産の状況を表現したものだと考えられています。おそらく、安産や子孫繁栄を祈願して作られたと思われます。

■episode2:不思議なカタチ土器の謎

縄文土器は見た目が美しいのですが、実際は使いにくいのです。でも、日用品で煮炊き用の土鍋として使われたと考えられています。その代表的な土器は以下のものです。
・火焔型土器(新潟県十日町市笹山遺跡出土)
・微隆起線文土器(青森県六ヶ所村表館(1)遺跡出土)。紀元前11000年〜7000年と、世界最古級の土器です。尖底土器がなぜ生まれたかよくわかっていません。地面に刺して使用することは、再生のシンボルとして考えることができるとか。
・神像筒型土器(長野県富士見町藤内遺跡出土)

 土器のモチーフは月で、左のしずく形の穴は新月を、丸い穴は満月を示しているとのことです。ほかの土器、たとえば半人半蛙文有孔鍔付土器(長野県富士見町藤内遺跡出土)や蛇文装飾深鉢(同曽利遺跡出土)にも見られます。
縄文人は、月の満ち欠け、つまり「なくなり再生する姿」を自分たちの一生と重ね合わせた可能性を指摘しています。
前漢初期の書物『淮南子(えなんじ)』の「天文訓」をもとにした説です。ここには古代中国の天文観・宇宙観が記されており、古代日本の宇宙観を考察するのに大きな手懸かりを与えてくれますが、ここには月に関する思想も示されています。
それとともに、小林公明さん(井戸尻考古館元館長)の10年以上に及ぶ月の観測をもとにしています。

また、縄文土器は蛇とも関係があります。半人半蛙文有孔鍔付土器を裏から見ると、蛇がとぐろを巻いているモチーフだと考えることができます。蛇は脱皮して再生するように見えますし、からみあって交尾したりする姿も見られます。こうした姿が再生と結びつけられ、土器に描写されていると考えられます。
このほかにも、蛇体把手付深鉢(長野県茅野市尖石遺跡出土)や蛙文・蛇文蒸器形深鉢(長野県富士見町藤内遺跡出土)、筒型土偶(神奈川県横浜市稲荷山貝塚出土)にも、蛇のモチーフが見られます。
縄文そのものが蛇のウロコであるという考えも紹介されています。

さらに月の周期が29.5日で、これが女性の生理周期と同じであることから、女性や生命を暗示したものだという大島直行さん(札幌医科大客員教授)の説も紹介されています。
底が尖った土器は、月のしずくを溜めるためだったと、大島さんは考えています。満月の日には大潮(水がもっとも多くなる)になったり、夜露が月のしずくと同一視したりすることから、縄文人は水と再生を関連づけ、夜露を集めたいという願望から尖底土器が作られたというのです。ただ、かまどに突き刺して使う方が、平底より便利で安定性があるいう説もあります。
土偶が正面より上を向いたりしているのは、月を見る角度であり、再生を願う儀式を繰り返していたと考えられるというのです。

なお、再生と死の概念があったことは、縄文時代の環状集落のレイアウトからも考えることができます。秋田県鹿角市にある大湯環状列石などは、死者を大事に抱えて取り囲んで暮らしていた状況を示唆しています。集落の中心に墓があるからです。今の私たちの感覚では、墓をムラの外に置き、日常の生活空間から遠ざけると思われるので、縄文時代の状況は異なっていたと考えることができます。

■episode3:破壊された土偶と大地

土偶は壊された状態で見つかっているのが95%以上で、完全な形のものが少ないのです。意図的に壊した可能性もあり、土偶の使い方や役割についてはまだわからないこともあります。

猪風来さん(縄文造形家)は、縄文の美の再現を求め、40年にわたり芸術活動を続けています。縄文人の心を理解するために、彼らに似た自給自足の生活を試みているそうです。
彼は、縄文人が自然への崇拝を美に表現したと言います。そして特に大地への崇拝を重要視したと考えています。彼らが食べた命は大地からわきたったもので、この世にその命があふれるように願って縄文土器を制作したと言うのです。このことと土偶を結びつけると、自分たちの子孫が命を咲かせていくように願って作り、その願いを分割して土偶を破壊したのだと考えています。つまり、土偶を破壊したのは、村人の願いを分割して集落の要所に埋め、大地からの恵みを受けられるように願ったのだとしています。

屈葬が胎児のように体をかがめて埋められていたのは、母なる大地に戻るような意味があったと考えられます。土偶がバラバラにされて、村人たちに分け与えられたとも紹介されています。
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