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学校って、必要なの?
335673 遊びの変化と人間形成〜群れ遊び復活の必要性と難しさ〜
 
おぬこ ( 25 東京都 会社員 ) 18/05/15 PM06 【印刷用へ
いつから子供の仕事は「遊び」から「勉強」なったのだろう。遊びも勉強の内という意味で言えば大事かもしれないが現在「遊び」=「悪」という風潮すらある。結果として遊びから得られるはずものが欠如したまま大人になってしまうケースが多々ある。

遊びの変化、その変化による症状等について考える。

――子どもの危機――

「『群れ遊び』の消滅」がもたらすもの――『30代の病』の根源
―斉藤 環『縛りから逃げまどう中堅予備軍』から触発されて―
明良 佐藤

以下引用サイト
リンク

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■1 群れ遊びの本質

 ところで、なぜ、「群れ遊び」と言うかというと、この遊びは、特に組織されたものではない、ということに特色がある。

地域の隣り近所の複数以上の子どもたちが、あそびが楽しいから、群れて遊ぶというやり方で、つまらなくなれば、すぐ「やーめた」と止めてしまう事が出来る遊びである。メンバーが足りなければ、足りないなりに工夫して、それでも足りない時には、「あーそぼ」と近所の友達を迎えにいって遊ぶ。それでも友達が集まらないと、できない、つまらないと、しょげかえる。だから、友達の必要性も強く感じる。

ここには、大人はいっさい入っていない。このことはとても重要なことだ。つまり、管理されていない、自主的な遊び、ということだ。

子どもたち同士で話し合い、工夫して、その日、その時の、やりたいあそびを決めて遊ぶ。そして、「いれーて」と他の子がくれば、その子が入れるように、組み分けを変える。個々にいろんな事情でその日その日の参加できるメンバーが変化する中で、楽しい遊びをする。

 この群れ遊びの、もう一つの特色は、からだ全体、を使って、全身で、肌と肌との直のふれあい、ぶつかりあいを通して、肌感覚・皮膚感覚を磨いていく、ということにある。「鬼ごっこ」で逃げる相手を捕まえたり、「手つなぎオニ」とか、馬になった人の背中にどんと両手を落として、飛び越える「馬飛び」とか、「おしくらまんじゅう」のように、からだごと押し合いへしあいするとか、「陣取り合戦」のように、相手の突きをかい潜ったり、相手を押し出して、防衛したり、というように、じかに相手との肌のふれあい、皮膚感覚・肌感覚によるつき合いを、遊びを通して身につける。

ケンカしても、言い合いしても、直に殴ったりしても、どのぐらい言えば、どのくらい殴ればいいのか、決定的な決裂になるのか、ならないのかを、直に皮膚感覚で体験するのだ。お互いの言い分はあるが、決定的なけんか別れでは、楽しい遊びができたくなるので、やがて、折り合うことも学ぶ。

そして、大人が入っていない、子どもたち同士の力の対等な間での遊びなので、それこそ、全力を出しきって、真剣勝負で遊ぶ。大人が子どもと遊ぶ場合、どうしても手かげんしてしまうが、群れ遊びでは手かげんなしの遊び、たましいのぶつかりあいの遊び、ということだ。つまり、別の言い方をすれば、たましいを出してつきあう関係が、群れ遊びを通してできている、ということ。

■六年間の群れ遊びで身につく肌感覚・皮膚感覚の内容

この子ども時代の、とくに学童時代の六年間の楽しい遊びを通して、しぜんに身につくことは、

順番を待つこと、ルールを守ること――横割りはダメ、とみんなからにらまれる。自分が早くやりたい欲求があっても、近道したい欲求があっても、がまんして、ルールを守るということができるようになる。

耐えること――馬とびなどでわかるように、何人も飛び乗ってくる相手につぶされまいと、歯を食いしばってガンバラないと、いけない。また、順番を待つことも、早くやりたいというあせる気持ちを自ら押さえて、待つということで、耐えることの身につけになる。

勇気を持つこと――どれだけ高いところから飛び降りられるかと、競い合うこともある。相手の妨害を潜り抜けて、勇気を出して、自分の陣地に帰る遊び等をして、度胸をつける。

考えて、工夫をすること――集まってきた仲間を見て、チームわけをどうすれば、おもしろい遊びになるか、考える。小さい子が入った場合、どの位のハンデをつければ、楽しい遊びになるかを考えて判断する。

おもいやること――転んでけがをする子を助け起こしたり、仲間をきづかったりしながら、遊びを楽しくする。小さい子が加われば、ハンデをつけてやったりして遊ぶ。(文科省は、相手をおもいやることを、子どもによく教えるように通達を出しているが、ことばで教えて、頭で理解しても、体が動かないので、効果がない。)

■子どもたちがしぜんの中で群れ遊ぶ世界を、子どもたちに返すために

1.アスファルトやコンクリートで固められた都市の中に、子どもたちが群
れて遊べるしぜん空間を確保すること。老人にゲートボール場を確保すると同じように。

2 . 大人は、子どもたちの世界に介入しないこと。見守るだけにすること。

3.子どもたちが群れあそぶ時間を保証するために、

3.1.受験競争を無くすこと。その元凶大学受験は希望者全入にし、卒業が

難しいシステムにすること。その結果、受験用の塾通いを無意味にす

ること。

3.2小学校での放課後の部活動での大人の介入はやめること。(はじめは、
何をやっていいか子ども達は困惑しますが、やがてはいろいろな遊びを作り出して、群れ遊びます。)小学生のテレビゲーム、パソコンゲームの禁止。(使用は中学生から)小学生は、仮想現実の中で遊ぶのではなく、からだ全体を目いっぱい使った自然の現実の中で、泥んこになって、友達とかかわり、遊ぶこと。その楽しさを、集中力を、実感させること。このことによって、人間関係作りの潤滑油となる肌感覚を豊かに体験すること。
集中力がそなわれば、中学からの学習で、パソコン等の技術は簡単にマスターできます。

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群れ遊びの重要性に気づいても大人は介入するべきでは無い。とある。
群れ遊びに返してあげたくても出来ることは遊ぶための自然環境のある場所に住むこと、色々与えすぎてしまわないこと、勉強勉強言わないこと。
なかなか出来ることが少なくもどかしいがそれぞれを深く追求すれば出来ることも見つかるはず!
 
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