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学校って、必要なの?
334864 子どもが不登校になった親たちが語る「本質」
 
穴瀬博一 ( 28 会社員 ) 18/04/15 PM08 【印刷用へ
以下引用(リンク
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「普通の子の人生になるには40歳、50歳ぐらいまではかかると思っている。ちゃんと働いて、お嫁さんももらえるようになるには、どうしたら……」。
福井県内の不登校の子を持つ親の会「やよい会」の3月例会。初参加の夫婦が高校1年の長男と向き合う思いを打ち明けた。
進行役で代表世話人の中嶋良三さん(78)=福井市=が、穏やかな表情で応じる。「親が手厚く付き合えば、その子なりの未来が開けてきますよ」

□親同士でないと実態がわからないことに気付いた
やよい会の発足は1984年3月。不登校に対し、社会の理解はまだ著しく乏しかった。精神科医の診察でも原因は分からず、カウンセラーもほとんどいなかった。中嶋さんの息子は中学2年で不登校になった。「専門家の指導も間違っていて、逆に子どもを傷つけてしまった。親同士でないと実態が分からないことに気付いた」
親7人で始まった会で「あらゆる知恵を集めた」。互いの試行錯誤を披露しながら、道を探っていくしかなかった。30年以上の歩みを重ね、会員約150人が集う受け皿になった。毎月の例会には10〜20人ずつが参加。「風呂に入ってくれない」「料理を食べてくれない」「家庭内暴力で手が付けられない」。それぞれの悩みや体験を共有し、子への寄り添い方を学び合う。
当初は中学生のみだった子の年齢層は、40代まで広がった。15年ほど前からは例会と別に、18歳以上の子を持つ親対象の会を隔月で開く。成人以降のひきこもりは、自尊心が強い分だけ長引く傾向がある。ある会員は「縄つっといてくれ。死ぬから」とまで言われた。親への言動がきつくなり、悩みはより深刻なケースが多い。
会が発足したころは、「不登校」という言葉さえなかった。中嶋さんは、当時使われていた「登校拒否」の方が本質を突いていたと感じている。
「本当は学校に行きたいのに行けない。それは深層心理が、命が、学校を『拒否』して体が動かないから。真面目でこだわりが強く、自分の純潔を守ろうとしている」。そんな子の心に目を向けず、現象のみをとらえるかのような「不登校」の単語が定着したことによって、「社会が解決の糸口を失っているのでは」と疑問を投げ掛ける。

□立ち直るには「まず親が子を受け入れること」
立ち直るには「まず親が子を受け入れること」と中嶋さんは語る。「『学校に行かなくてもいいよ』と言葉を掛ける。でも、うわべだけだと表情ですぐ見抜かれる。本心からそう思わないといけない。そこまで腹をくくるのに5、6年はかかる。それからは先に進む」。他の会員の生の経験や情報に触れることで、価値観が変わって子を受け入れられるようになり、苦しみのトンネルから抜け出した多くの会員を見てきた。
身近な事例は希望につながる。ある会員の子は、小学3年から中学3年まで登校できずにテレビゲームばかりしていたが、その後は高校、大学に進学し、教員になった。「立ち直ってみれば、あれはいったい何だったのかとさえ思えるようになる。そんな話を聞くと大概のお母さんは楽になる。絶望しなくていいんだと分かるから」
ある母親が例会で、不登校問題の当事者となって抱くようになった自分の価値観を語った。「子どもとこんなに向き合える機会はない。今この時間は、将来きっと宝物になるはず」。聞き入っていた周りの親たちが、大きくうなずいた
 
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