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日本人と縄文体質
331680 「日本の感性が世界を変える」〜鈴木孝夫
 
岸良造 ( 60 香川 技術者 ) 17/12/06 PM10 【印刷用へ
語感言語学  言語学試論
リンクから転載します。
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「日本の感性が世界を変える」を読んで  
著者は我が国言語学界の大御所鈴木孝夫。
言語学者ではあるが、言語学をはるかに超えた広い見地から、われわれホモサピエンスの今の在り方に警鐘を鳴らす警世の書である。
鈴木は言う、
近代に入っての人間の自然環境の破壊ははなはだしい。
人間が農耕を始めたことによる森林の伐採に加えて、自然改造と称しての大規模河川の改築、そして、近代工業化に伴う石炭、石油、天然ガスの大量消費によるCo2の大量放出。
そして、これらの自然環境破壊、そして自然生態系の破壊は今なお続いている。
これらの自然破壊によって、われわれの住む地球の住環境は急激に蝕まれつつある。
このまま事態が進めば、われわれホモサピエンスの存続自体不可能になる。
では、どうしてそうなったのか。また、どうすればよいのか。
鈴木は言う、
西欧文明が、理性と論理を極端に重視し、人間中心主義(または人間至上主義)だからだと。
そして、西欧型の近現代人は人間の幸福と繁栄のみを目指したからだと。
この危機を回避するためには、西欧キリスト教的世界観とは対極のアニミズム的で汎神論的世界観が今改めて世界的に見直されるべきだと。
さらに鈴木は言う、
この古代的な世界観、すなわちアニミズム的で汎神論的世界観を日本という国がまだ失わずにかろうじて保持しているので、この日本文化と日本語を世界に広めるべきだと。
私も、全くその通りだと思う。
この論考の中で、この人類の危機の本質的原因として、人類が本能の代わりに文化と言語を使って繁栄してきたことを指摘しているが、これは正に正鵠を射た慧眼だと思う。
かって人類発祥の地といわれるアフリカを出て日照の少ない北へ向かった人々は、自然環境に適応すべく肌の色を黒から白、あるいは黄色に変えた。自然環境によって、鼻の高さも変えた。足の長さも変えた。人種によって腸の長さも違うという。
かっては人類も自然環境に適応して自らの肉体を変えてきたのである。
しかし、火を使うことを覚え、衣服を作り寒さを防ぐことを覚え、すなわち文化を得ることによって、今や人類は本能によらず、すなわち自らの肉体を変えることなく、どのような環境にも住めるようになった。肌の黒い人も寒冷の地に住んでいるし、肌の白い人も熱帯地域に住んでいる。文化の力によって人類はいかなる自然環境にも適応できるようになったのである。
ただ、これが悲劇の始まりでもあると私は思う。
二足歩行を始め大きな脳を手に入れた人間は、知と言葉を得て文明を発展させた。
そして、西欧文明は個を発明した。個の観念は生物には存在しない。人間の創造である。知ゆえの発明である。あらゆる生物の中で個の存続を種の存続よりも優先させるのは人間だけであると言う。
知に拘り、個を偏愛した西欧文明は哲学を得るとともに一神教に囚われた。
知を偏愛し、本能を軽視し、情を蔑ろにすることは、人間を人間でなくすることである。
個人主義を追求することは、全体を捨て、すべてとの繋がりを断ち切ることである。
情を持つ人間は知だけでは耐えられない。繋がりを失くした人間は絶対孤独には耐えられない。
かくして人々は絶対者に救いを求めた。この行為は情の行為である。知を至上のものとし情を捨てた挙句、情の行為に走らざるを得なかったのである。
この絶対矛盾を西欧文明は知の論理で取り繕うとしてきた。しかし、今やその矛盾は隠し遂せなくなってきた。一神教は本質的に他者を認めない。共存を許せない。それが一神教の一神たる所以である。
地理的条件ゆえか、幸い日本語は知と情のバランスを失わずにこられた。そして、極端な個人主義の病にも侵されなかった。日本文明は一神教を必要とはしなかった。
西欧文明と日本文明は本質的に異なる文明である。日本は近代化によって西欧文明を大量に取り入れた。しかし、それは表面だけのことであって、日本人のものの考え方の本質はほとんど変わってはいない。近代化によって日本語の本質が変わったわけではない。
この日本語を世界に広めるべきだと鈴木は言う。
日本語にはタタミゼ効果があるのだと言う。タタミゼ効果とは、日本語で話していると柔らかい人になるのだと言う。日本語には「私」という言葉が必ずしも必要ではないので、日本語の中では状況全体がざっくりあって、全体の中に何となくいることが、ふぁーとして心地よいのだ、と或るフランス人も言っているのだそうである。
この日本文化と日本語の同化の力が何によるものなのか、鈴木はまだ正確な分析をしたわけではないが、現代の日本に根強く残る自然との融和性や共生的世界観、そして日本語自体に秘められている感性的なユニークさが、外国人をしておのずから日本化させてしまうのだ、と言っている。
私は、実は、ここの処が大切だと考えており、日本語学の権威でもある鈴木孝夫の考えを聞きたいと思っていたので、この点やや期待はずれではあった。
日本語に秘められている感性的ユニークさとは具体的にどうゆうことなのか。
根強く残る自然との融和性や共生的世界観と日本語との関係はどうなっているのか。
タタミゼ効果はなぜ起きるのか。
「私」と言わないことが、なぜ、ふあーとして心地よいのか。
これらは言語学の解くべき課題である。特に日本語学の大きな使命である。
 
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