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共同体社会の実現
315861 活力革命と社会革命
 
岡田淳三郎 ( 70代 大阪 経営 ) 16/05/31 PM02 【印刷用へ
原始集団は友好関係を維持する為に贈与関係を形成したが、このような共認機能に基づく集団相互の協調関係は、社会統合の母胎として、今後も存在し続ける。
しかし、原始集団は自我の塊と化した侵略集団によって、アッという間に破壊or征服されて終った。
この同類闘争をどう止揚するのかという一点からだけでも、社会統合という課題はまぎれもなく存在するし、人々の社会統合期待も存在する。

しかし、社会統合という課題は、近代民主主義が唱えているような「批判するだけ、投票するだけ」で達成できるような安直な課題ではない。
まず第一に、社会統合という課題を日々担っており、もって実質的に社会を統合しているのは行政機関であり、それを捨象して立法機関(議員)を投票で選ぶだけでは、社会は統合できない。

第二に、社会を統合するためには、全成員がこの社会が置かれている状況と課題を熟知している必要がある。しかし、例えば、日常生活と密接に関わっている法律さえ、専門家以外(専門家任せ=専門家支配の結果)誰も知らない。その上、人々の顕在意識は学校教育とマスコミによってほぼ完全に支配されてしまっているので、誰に投票しても大差ない。これらの結果、大半の人々は、(潜在的な統合期待はあるものの)社会統合に無関心である。
従って、民主主義が唱える「投票することで社会を統合できる」かのような言説は、全くのペテンである。
それも当然で、そもそも民主主義の母胎を成す「自由・平等・博愛」あるいは「人権・福祉」etcの言葉は、現実のどこにも存在しない頭の中だけの架空観念にすぎず、決して実現しない架空観念を人々に広めてきた近代思想とその伝道者こそ、ペテンの源流だからである。

従って、意識の統合軸を、近代思想=架空観念から事実の追求・事実の共認へと転換させることが、社会革命の第一歩となる。
もちろん、「事実の共認」は統合軸ではあるが、そこには具体策は一切無い。しかし、集団間の利害の調整であれ何であれ、社会統合上の具体策は、「事実を追求」すれば誰でも思いつく。そして、最も追求度の高い=共認形成力の高い成員が提示した策に収束してゆく。

そのように、社会を統合するという課題は、自ら行政を担うということとほぼ同義である。従って、行政機関こそ、皆に選ばれた行政委員によって担われなければならない。
また、現在の官庁は、夫々に一つの集団を形成しているが、集団である以上、自省の利益第一に収束してゆくのは必然である。更に、県・市・町レベルになると、親方日の丸の生涯固定身分なので競争圧力が殆ど働かず、その結果、公務員は民間の半分しか働いていない。

このような官僚機構(地方公務員を含む)の欠陥をどう突破するか?そもそも、各集団を統合する位置にある各省庁や各市庁それ自体も一つの集団でしかない所に、構図的な欠陥が潜んでいる。統合機関は、それ自体が集団を超えた組織原理で構築されなければならない。
問題の根は、生涯固定の身分にある。成員が生涯固定身分である限り、それは単なる集団にしかならない。それを崩すには、例えば3年毎に交代する新しい形の参勤交代制が不可欠になる。社会の原点を成す集団(農漁共同体や商工共同体)によって推薦された者が、統合機関に3年間出向する。もちろん、統合機関の側でも、その者が適任かどうかを選考する(従って、一度選ばれたからと言って、3年後も復帰できるとは限らない)。
行政委員は3年経てば、民間の共同体で農漁業や商工業に従事するので、生涯固定身分の時よりも遥かに優れた改革案を思い付けるに違いない。

社会を統合するためには、単位集団→地区→市・区→府・県→中央という5段階の機関が必要になるが、社会の原点を成すのは(個人ではなく)単位集団であり、それは成員の自治による共同体でなければならない。全員参加の自主管理共同体で培われた集団統合の能力が、行政を担う能力の原点になる。
現存する集団の大半は権力体であるが、農漁村や民間企業に法人格を与え、法律を改正して合議制(or全員株主制)に変えれば、権力体から共同体への転換は、簡単に実現する。その場合のネックは唯一つ、成員の集団統合能力の貧弱さであり、逆に言えば、集団統合の能力育成こそが、次なる最大の課題となる。

従って、活力革命が向う次の課題は、自主集団の形成or成員の能力形成である。
そのためには、何よりも近代観念から事実の共認への意識の統合軸の転換が急務であるが、そこさえ転換できれば事実認識の蓄積に応じて、集団統合や社会統合に必要な共認形成力は自ずと育まれてゆく。
順序は、活力革命→集団形成→社会統合である。
だからこそ、今、突破口としての自主グループに収束し始めた訳であり、その目標は共認形成力の上昇である。

事実報道をはじめ全ゆる広報文において、「批判するだけ、要求するだけ」に終止するような紙面作り(政治・経済etc社会問題に多い)は、近代観念のパラダイムを助長するだけで、タブーである。
今、アピールすべき情報は、活力革命・教育革命であり、追求充足の場作り・自主集団の形成である。
今や、活力革命と集団形成を捨象して社会問題に向う人物はペテン師であり、その主張は、近代パラダイムそのものであることを、頭に刻み付ける必要がある。
 
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