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日本を守るのに、右も左もない
267346 『戦後史の正体』孫崎享著の紹介〜陽光堂主人の読書日記〜B
 
猛獣王S ( 42 東京 営業 ) 12/08/06 PM10 【印刷用へ
『『戦後史の正体』孫崎享著、創元社(その3)』(陽光堂主人の読書日記)リンクより転載します。
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本書の中で最も深刻な部分は、昭和天皇の話で、米軍基地の恒久化を望んでいたと記されています。戦前の我国は、天皇を大元帥として連合国と戦ったわけですが、天皇自身が敵である米軍の駐留を望んでいたというのですから驚きです。

とは言え、こうした事実は一部の人たちの間では以前から知られており、今回は孫崎氏の著作によって公にされたに過ぎません。これに関する話は、本書の中で二度出てきます。最初の記述は、次の通りです。(本書87頁)

1979年、進藤栄一・筑波大学助教授(当時)が、米国の公文書館から驚くべき文書を発掘し、雑誌『世界』4月号(岩波書店)に「分割された領土」という論文を発表しました。

米国側に保管されていたその文書とは、終戦後、昭和天皇の側近となった元外交官の寺崎英成が、GHQ側に接触して伝えた沖縄に関する極秘メッセージです。…

「マッカーサー元帥のための覚書(1947年9月20日)  (マッカーサー司令部政治顧問シーボルト)

天皇の顧問、寺崎英成氏が、沖縄の将来に関する天皇の考えを私に伝える目的で、時日をあらかじめ約束したうえで訪ねてきた。寺崎氏は、米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していると、言明した。(略)

さらに天皇は、沖縄(および必要とされる他の諸島)に対する米国の軍事占領は、日本に主権を残したままでの長期租借――25年ないし50年、あるいはそれ以上――の擬制(フィクション)にもとづいてなされるべきだと考えている」 (適宜改行した。以下同じ)

昭和天皇が、米軍による沖縄及びその周辺の島々の半永久的軍事占領を慫慂したというのです。米国側の文書ですから、否定するのは難しいでしょう。沖縄県民の国家に対する不信感や、反皇室感情を煽る驚愕の内容です。民族派にとっても、裏切りに等しい提案です。

岩波の『世界』は左翼雑誌ですから、ここで発表されたことは理解できますが、どういう訳か大騒ぎになっていません。普通であれば、マスコミがセンセーショナルに報じ、左翼知識人たちが反皇室の論陣を張るはずです。

孫崎氏は、当の進藤教授に会った際、当時の様子を聞いてみたそうです。「当時の反響はどうでしたか。大変だったでしょう」と訊ねたところ、進藤氏は「それが日本の新聞や学界は、まったくの黙殺でした」と答えています。全くシカトされてしまったわけです。

この顛末は、日本の政治構造を物語っています。自民党と社会党が野合して村山政権ができた時、55年体制の虚構が露わとなりました。自民党と社会党(野党第一党)の政争が、ヤラセに過ぎなかったことがバレてしまったのです。そんな余裕がなくなったので、両党は仮面をかなぐり捨ててくっつきました。

これと同様、右翼も左翼も、対米隷属という点では一致しており、この路線を積極的に推し進めた昭和天皇批判も、タブーとなってしまったのです。右翼も左翼も、「エセ右翼」「エセ左翼」だったわけです。今回封印が解かれたことで、昭和天皇の真の姿が国民に晒されることになりました。

もう一つの箇所は、昨日も触れましたが、重光葵外務大臣が米側と安保条約改定に臨んだ時の話です。この交渉は1955年8月に米国で行われましたが、出発前の状況について、こう記されています。(本書167頁)

重光はこの会談にのぞむ前に、昭和天皇に内奏(国政報告)しています。『続 重光葵日記』にそのときの天皇の言葉を紹介しています。

「8月20日 渡米の使命について細かく内奏し、陛下より駐屯軍の撤回は不可であること、また知人への心のこもった伝言を命ぜられた」

天皇は外交交渉におもむく前の外務大臣に、「在日米軍の撤退はダメだぞ」と念を押しているのです。このことからもわかるように、戦後の歴史において昭和天皇はけっしてたんなる象徴ではありませんでした。

昭和天皇とマッカーサーの11回におよぶ会談を詳細に分析した豊下楢彦教授によると、吉田首相の米軍基地に関する極端な属米路線には、こうした「在日米軍の撤退は絶対にダメだ」という昭和天皇の意向が影響していた可能性が高いそうです。

周知の如く、日本国憲法では天皇は象徴とされ、国事行為は「内閣の助言と承認」が必要とされています。政治的な指示はしてはならないのですから、昭和天皇のこうした言動は憲法違反です。昭和天皇は政局の話が好きで、戦後もしばしば総理大臣を呼び出して情報収集しています。

戦前の大日本帝国憲法下でも、この点は同様で、天皇は政府や軍の決定を黙って裁可することになっていました。それ故、「無答責」(責任を持たなくても良い)とされていたのです。

ところが実際には、戦時においても細かな指示が出されていました。連合国側はそれを知っていますから、天皇の戦争責任は免れないというのが大方の認識でした。しかし米国は、昭和天皇を免責する代わりに、数々の要求を突きつけて日本の従属化を推し進めることにしました。ここで、天皇と米国の利害が一致したのです。

戦前の我国では、皇室批判はご法度でした。そんなことをすれば、不敬罪としてしょっ引かれてしまいます。しかし、戦後は米国批判がタブーとされ、米国と一体化した皇室批判もタブーとされました。我国の属国化は、天皇の戦争責任免責と引き換えに推し進められたのです。昭和天皇が米軍の長期駐留を望んだ理由は、ここにあります。

だからと言って、皇室をなくすべきだとか言うつもりはありません。神話として「万世一系」として続いてきた家柄ですから、それはそれで尊重すればよいと思います。皇位そのものと、自然人としての天皇を分けて考え、相応しくない人物には退位してもらえばよいだけの話です。

悠久の歴史を誇る天皇家ですが、血統の上では何度か断絶しています。明治維新の際も、血筋が入れ替わったという説が根強く存在しています。(孝明天皇やその皇子は殺されずに、本来の系統として存続しているという説もあります。今の皇室はダミーだというわけですが、表に出ると攻撃に晒されますから、これは充分有り得る話だと思います)

だから天皇と言っても様々で、古代には武烈天皇のように暴虐な人物も存在しました。(この話は、創作の疑いが濃いのですが…) 批判しだしたら、いくらでもケチを付けることができるでしょう。

真相が判ったら本来の道へ軌道変更すればよいわけで、今上天皇陛下には何の咎もありません。「ビンの蓋」としての米軍は独立国家には不要ですから、速やかに撤退してもらえばよいのです。必要なら、有事駐留でよいでしょう。

幸いなことに、現行の日米安保条約は、どちらかが通告すれば1年後に失効する取り決めとなっています。(これは岸信介の功績です) 政府が決断しさえすれば、簡単に米軍基地をなくすことができるのです。問題は、それだけの見識と勇気を備えた政治家がいないことで、国民が目覚めて運動を起こすしかないようです。
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