古代市場と近代市場
99187 「縄文時代の商人たち」という論理の飛躍した学説
 
岡本誠 ( 52 兵庫 経営管理 ) 05/10/16 AM02 【印刷用へ
>逆に先日のNHK番組が何をもって「交易説」を唱えているのか、その根拠が知りたい。何か明確な根拠があるのであろうか?(14552

NHK番組『日本人はるかな旅』における「交易」説は、小山修三氏と岡田康博氏が唱えられており、共著『縄文時代の商人たち(洋泉社)』で詳しく述べられている。贈与ではなく交換=交易であり、非専任ではなく物流の専業者=商人を想定している点で、ある意味刺激的な仮説が提示されている。

縄文ネットワーク(6039)を、贈与ではなく交換=交易であるとする根拠として、以下の点が挙げられている。

@現存する最古の史料『魏志倭人伝』に、卑弥呼が中国の魏の皇帝にモノを献上していたことが記されており、これは交易の一つの形と考えられる。献上物の中にヒスイらしき石や海産物があることから、縄文時代の交易品ともダブる。

A縄文の交易は、ニューギニア島南東部のトロブリアンド島を中心とした島嶼部で行われている「クラ交易」(儀礼的贈物交易)に近く、象徴物である貝製品に当るのが縄文のヒスイであろう。クラ交易における貝製品の贈答は、カヌー作りから始まる儀礼・呪術をともなう大規模な行事となり、この機会に生活必需品が交換されるように、ヒスイに引っ張られて祭祀が行われ、モノが動いた。

B三内丸山には比較的大きな墓があることなどから「集団指導体制による長老支配」が想定でき、「互酬制」「平等分配」のバンド(獲物はみんなで分けて貯蔵もあまりしない30人くらいの社会で、村の構成員のほとんどが親類)の段階と、強力なボスのところにモノや労働力が集約され、そこから再び分配される「再分配経済」の段階が入り交じった状態であろう。再分配経済の例は、ポトラッチをやるカナダ北西海岸のハイダ族やハワイなどのポリネシアの社会で、既に貨幣に似たものが現れる。(ヒスイが貨幣のような役目を果たしたかもしれない。)

C三内丸山は、300〜500人が居住する、工房、倉庫、宿泊施設、宗教施設、墓地などを備えた極めて特殊な集落だった。交易(商人)の拠点であり、生産の拠点であり、さらにモノを分配する拠点でもあった。
最も重要なヒスイは、糸魚川の原産地からダイレクトに三内丸山に運ばれており、ここで加工され周辺集落に供給されている。長野の霧が峰や和田峠、佐渡の黒曜石も同様に、ダイレクトに三内丸山に入っている。貯蔵スペースが非常に多いのも特徴で、ここで使うモノ用以外に、どこかに持っていくための倉庫だった可能性がある。

Dモノ作りを専業とする集落が存在する。例えば、ヒスイの産地である糸魚川市の山間部には玉作りを専門とする集落、長者ヶ原遺跡(中期)がある。黒曜石をたくさん持つ集落は古くからあり、南茅部の大船C遺跡はその一つで石皿の産地(約6000年前)。特別な役割を持った石器と言われる青龍刀形石器ムラとして、北海道の津軽海峡に面した戸井貝塚(中期後半)。石斧だけを作るムラは新潟県朝日村の奥三面遺跡群(後期)。東京都北区の中里遺跡は、交易用の貝(カキ)を養殖し加工していたとしか思えない巨大集落(前期後半から後期前半)。

E山奥の遺跡から海魚の骨が出土する。例えば、愛媛県の上黒岩岩陰遺跡(縄文草創期の1万2000年前)は海岸から直線で30キロの山の中にあるが、貝やブリの骨が出た。相当古くから人やモノが動いていた。

また物流の専業者=商人がいたとする根拠としては、
F山を越え川を渡り、どこへでも出かけていって必要なものを手に入れる、といったスーパーマンみたいな人間はいない。モノを専門に動かした人たちがいたのではないか。

G三内丸山の六本柱やストーンサークルは縄文尺(JIS規格)で作られており、背後に専門家集団の姿が見えてくる。漆職人のような特殊技能を持った集団も想定でき、きちんとした役割分担があった。商人もそう。

縄文商人説の根拠は以上のようですが、読んで分かるように、本当に根拠になっているのかかなり怪しい。

@の魏の皇帝への貢物は、略奪闘争外圧を受けてのもので、交易とも縄文の贈与とも本質的に異なる。
Aのクラ交易との近似性はその通りだろうが、交易と呼ぶと本質を見誤るので、贈与と返礼という概念で捉えた方がよい(29463参照)。それにクラ交易に専業の商人はいない、すべて自分たちで行っている。

BC三内丸山は300〜500人規模の集落であることから、30人規模のバンド社会を超えていることは明らかだが、それだけで交易があった証拠にならない。またGにあるように役割分担は当然に行われていただろうが、それを商人がいたと直結させるのは、集団や社会の考察がなさ過ぎる。商人という以上、交換だけで食ってゆける“根なし草”の存在基盤が社会になければならず、それは私権闘争の社会が前提になる(30709参照)。

Dのモノ作りを“専業”とする集落というところに既に予断が入っており、大量に作ってはいてもそれだけを専門にやっていたわけではなく、日常生活のかたわらに加工していたのである。しかも見返り品となるようなものは出てこない(『日本人はるかな旅3』)。縄文社会の贈与を、交易・交換といった現代の常識を当てはめても解けない。

EやFが象徴しているように、縄文商人説とは要するに、「縄文以前の旧石器時代から常に人やモノが動いている。縄文中期に商人が忽然と現れたわけではなく、彼らのような存在はその前からいたわけです(岡田康博)」というもので、「人やモノが動いている→従って交易があり専業の商人がいたに違いない」という極めて幼稚な思いつきに過ぎない。しかも旧石器時代からあったという。それを、遺跡の発掘事実と組み合わせて、商人説の根拠になっているがごとき論じているだけで、普通の人が読めば、論理整合性はどこからも見出せない代物です。

「歴史の学説が論理に飛躍があるのは学者達が圧力不在の大学空間におり、同類闘争の圧力やとりわけ組織統合(論)に対する視点が全く欠落していることに起因するのであろう(39638)」を証明するような学説です。
 
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