共同体社会の実現
94970 漢字と宗教と社会統合
 
吉国幹雄 ( 53 鹿児島 講師 ) 05/07/23 PM02 【印刷用へ
日本に「漢字」が伝わったのは一般には古事記の記載に基づいて、百済から4世紀中ごろ(古墳時代という私権闘争期)とされるが、金印が送られたのが57年なので、ほぼ1世紀頃から日本に少しずつ伝えられたのだろう。一方、帰化人によって仏教に先駆けて「祖霊信仰」もこの頃から伝えられたと考えられる。「漢字」と「宗教」がほぼ機を一にして日本へ伝来している。大和朝廷が統合する前のことである。

現存する最古の「漢字」は,紀元前1400年ごろの殷の後半期の都跡(殷墟)から出た甲骨文字といわれる。エジプト文字・インダス文字が過去の遺物となったのに対して、漢字は東南アジアに漢字圏をつくり、時代とともにあるいは地域によってその形や意味を変えながら現在でも生きている共認言語である。

<漢字>
リンク
 
「甲骨文字」や青銅器に彫られた「金文」を見ると、文字と言うよりも象徴(シンボル)だ。シンボルであるが故に、文脈によらず時代を超えて現在に生きているのか…
大阪で高校教師を務める山本史也は「神様がくれた漢字たち」(理論社)において、「漢字」は一つ一つが物語(神話)をシンボライズしており、「漢字」が王と神とを結ぶもの、王の特権を保証するために創造された側面が強いと述べている。ここで述べられている漢字という物語は現在の解釈とはかなり異なっており、その真偽は定かではないが、少なくとも一つ一つの漢字が規範(共認)そのものをシンボライズしているように思える。

例えば
>「女」の字は、両手を交えてひざまずく「女」の姿勢を表します。つつましく神に仕え従っているのです。(中略)「女」とは、本来神の傍らにあることを許された特権的な性をいうものです。それが女の本質であった<
そして、しばしば「女」は神に寵愛され、神の占有するものなので、
>「妻」として「夫」の氏族の一員となるからには、なお正式な加入儀礼が要求されました。「うかんむり」の示す祭廟に入り、その祖霊の前に恭しくひざまずくのです。その形が「安」。(中略)そして授かった祖霊の保護のもとで、初めて「女」はその「家」における安定した地位を獲得するに及びます」

ボス集中婚から安易な一対婚への戒め(規範)を「女」の字とその関連した漢字群に汲み取ることが出来る。「女」という漢字が女の使命・役割を示している。

殷は一種の神権国家で、王は上帝(天)に仕える宗教的最高権威者として、卜占をもって天意をうかがったとされるが、その大衆と神の媒介項に王が存在し、彼らを結ぶ紐帯として「漢字」が使われていったのだろう。「宗教」も「漢字」も統合共認の手段として使われたのはほぼ間違いないと思うが…

>現実には失われた心(=期待応望)の充足欠乏に応えてくれるものとして、本源価値に立脚した宗教が登場する。
頭の中だけなら、誰もが全面的に自主共認できる。
そうして人々は、自ら倒錯観念収束を強めていった。<(5869、四方さん)

果たして「漢字」はどうだろう。文字言語という人間だけに備わった観念を通して人々を統合共認していくわけだが、これほど全地域に広がった「漢字」であるからして、倒錯観念とは位相の違う人々の意識を統合していく何かがあるようにも思う。

確かに「神」「祖霊」は私権時代における自分(たち)に都合の良い超越存在ではあるが、やはり人々がひきつけられるのは、「漢字」を通して「超越存在」・「精霊信仰」が髣髴され、超越観念=事実観念を感じる(その意味では倒錯観念)からではないか。現在においても、文字にすると事実であるような超越性をしばしば感じるのではないか。

「宗教」や「漢字」が私権時代に必ずといっていいほど国家の成立(社会統合)とセットになっているのは、一つにはこの超越存在観(超越観念)が社会統合に不可欠だからではないか。そうすると、構造認識・事実観念こそが次代の統合に不可欠ということも逆に言えるだろう。
 
  List
  この記事は 5869 への返信です。
  この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_94970
  ※トラックバックは承認制となっています。

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
自我ではなく、共認こそ原点である
自我とは?(フロイトとラカン)
個人主義<=>全体主義 と、利己主義<=>利他主義
現実否定の自己欺瞞
社会運動の自己欺瞞
市民という言葉の欺瞞
自然法、基本的人権とは何か−1
自然法、基本的人権とは何か−2
自然法、基本的人権とは何か−3
前夜の意識状況3 無用となった感応観念(価値観念や規範観念)
構造認識の現況1 否定意識や自我観念から脱却できない近代人=現代人
構造認識の現況2 特権知識階級の商売道具と化した「構造認識」
構造認識の現況3 既成観念の全的否定
観念パラダイムの逆転1 現実捨象の倒錯観念から、観念捨象の現実直視へ
観念パラダイムの逆転2 現実否定の倒錯思考
観念パラダイムの逆転3 現実とは、人々の意識である
「現実=自分自身」は事実認識(構造論)の核心部
新たなグランドセオリーとしての実現論1−グランドセオリーとは何か
新たなグランドセオリーとしての実現論2−傍観者、あるいは引きこもりとしてのアカデミズム
近代思想は宗教と同根
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
若者が実感できる『旧観念』
「何でだろう?」を封印してきた価値観念
同化に不可能視はいらない
相手の感情を前提にしたら『権利』など崩壊する

『るいネット』は、47年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp