私権原理から共認原理への大転換
93600 「存在のすべて」が評価される社会へ
 
小西康雄 ( 41 大阪 ) 05/06/29 PM11 【印刷用へ

子どもの頃、「社会の常識」と教えられた「ホンネとタテマエ」。
私権追求の現実である「ホンネ」と、人前に出す事が出来ないホンネを覆い隠してうまく社会の中で協調する為の「タテマエ」とを、うまく使い分けることが出来て一人前だといわれてきた。

しかし数年前まではあたりまえだったこの意識も、いまでは通用しなくなりつつあるのではないだとうか?

例えば、予算の無駄遣いを指摘された官僚たちの釈明や、不祥事や事故を起こした企業経営者の謝罪など、テレビや新聞を見れば以前から変わらず行われている。
しかし、これまでは謝る側も聞く側も当然「タテマエ」と理解し、単なる「儀礼」で済まされてきたにもかかわらず、近年ではこのような姿勢に対して「うそ臭さ」「不誠実」といった人々の忌避感が強くなっており、社会の視線はより厳しいものへと変化しているように感じられる。

考えてみれば、たとえ表層であっても、「タテマエ」という意識と欠乏とが断絶した存在など、他の生物にはありえない。
この、私権時代特有のいびつな意識構造が否定されてきたのも、共認社会への転換によって我々の中に生物本来のまっとうな判断が再生されつつあるからなのだろう。

現在、人であれ企業であれ、次代の社会的評価が共認機能を母体として確立される過程にある。
そして、共認社会における評価とは、社会的経済的業績や発信内容だけでなく、日常的な行動や発言・姿勢などをも含めた、まさに「その存在の全て」が問われるのではないだろうか?

 
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新しい潮流1 社会捨象→不全捨象の充足基調(’70・’80年代)
新しい潮流2 私権統合の崩壊と社会収束の潮流(’90・’00年代)
新しい潮流3 社会不全⇒認識欠乏の蓄積
新しい潮流4 言葉それ自体が引力を持ち得ない時代
新しい潮流5 実現派は仲間収束から社会収束へ
新しい潮流6 解脱仲間から認識仲間への逆転
仲間圧力と認識仲間
新しい潮流は、新しい人間関係を必要としている
市場社会の、カタワの「集団」
本当は、「集団」に入ったのではなく、社会に出たのだ
古い人間関係は、影が薄くなるばかり
関係パラダイムの逆転1
関係パラダイムの逆転2
活力源は、脱集団の『みんな期待』に応えること
収束不全発の適応可能性の探索、その深くて強い引力
充足基調から探索基調への転換
'90年代の危機感と変革期待の行方
秩序収束と答え探索の綱引き
潮流2:戦後日本の意識潮流
潮流3:’70年、豊かさの実現と充足志向
潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束
潮流9:経済破局を突き抜けてゆく充足・安定・保守の潮流
今後10年間は充足⇒活力を上げれば勝てる 
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(1) 共認充足が最大の活力源。'10年代はそれだけで勝てる
市場時代の共認非充足の代償充足⇒解脱(芸能)埋没
'70年〜現代 収束不全⇒本能的な秩序収束⇒課題収束⇒認識収束
現代〜近未来 対象への同化こそが新しい認識を生み出す
大学生が授業に出るのはなんで?
「やりがい」に潜む社会的欠乏
カリスマ 〜自分たちが共認できる価値観への評価収束〜 
仲間収束 2:一人でできない子
「働きたいから働こう」という意識
快美欠乏に替わって、認識の統合が最高価値になった。
判断の土俵とは、人々の潜在思念が作り出した共認圧力の場
『必要か否か』が環境問題に対する基底的な答えになる
芸能か、認識形成か

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